無様なオレを見て。
彼女は意地の悪い笑みを浮かべた。






Life Is Wonderful?、6





「はい」


目の前に、客用と思われる真新しいマグカップが差し出される。
温かそう、いや寧ろ熱そうな湯気が、差し出してきた彼女の怒りを代弁するかのようだった。

それを黙って受け取って、オレは連れて来られた部屋を見渡してみる。
オレの家から遠くもなく、近くもなく……。
丁度、さっきの公園を挟んで反対側にあった、極々普通のマンションの一室。
主に暖色系で纏められた部屋は、統一感を醸し出し、部外者であるオレを追い立てようとする。
オレは……ただの余所者だから。

そして、彼女はオレの目の前の座布団に腰を下ろし、大きな溜息を吐いた。 


「……馬鹿でしょう」


心底呆れ返ったような、一旦怒りを端に寄せたその口調。
久しぶりに聞いた、その声。

まぁ、コイツがこんなリアクションを取るのも、当然といえば当然だった。
ずぶ濡れで、息を切らして、


「アンタ、あたしじゃなかったら変質者呼ばわりされてたわよ」


掴んだ手は、の親友――のモノだったのだから。


「だから、悪かったっつってんだろ……」


苦虫を噛み潰したような渋面で、オレはを睨んだ。
恥ずかしい、なんてモンじゃない。
惨めだった。

すると、そんなオレに眼をやったは「それ、謝る態度じゃない」と言った。

ンなもん、手前ぇがあんな処に、 あんな時に、 白い服なんか着て来やがるから悪ぃんだよ。

逆恨みだと分かっていながらも、オレはそう思わずにいられなかった。
すると、恨みがましいオレの視線に、彼女は不敵な笑みで対峙する。


「よく見れば分かりそうなもんなのにねぇ?」
「煩ぇ!」


事情は、すでにあらかた吐かされてしまっていた。
コイツに言う気なんかこれっぽっちだってなかったのに、無様な醜態を晒してしまっては、そうはいかない。
つーか、声かけた時の言葉も悪かったんだよな。
……思い出したくもねぇ。


「っていうかね、アンタ等、何あたしに黙って倦怠期迎えてんのよ?」
「はぁ?手前ぇに何で断り入れなきゃなんねぇんだよ!?」
「怒鳴るんじゃないわよ、 あ た し に迷惑。
何でって、そりゃあ、応援してあげた人間に対する礼儀ってもんでしょう」


あまりに堂々と言ってのけやがるに、オレは一瞬納得しかける。
しかし、そんな礼儀を聞いた覚えは全くなかった。

頭を振って、会話を一度リセットする。


「……ところで、の居場所とか連絡先とか知らねぇのか?」


すると、はその言葉をあらかじめ予想していたらしく、「ハッ」とオレを鼻で笑った。


「知るわけないでしょ、バーカ」


確実に目の前にいる女は、不機嫌だった。
それも、嘗て見たコトがない位のレベルで。

予想はしてたけどよ……。
幾らなんでもその態度はねぇんじゃねぇの?

を大切に想っているのと同様に。
も、を唯一無二の親友だと思っていた。
二人はとても仲が良く、オレとが初めて逢った時もコイツは彼女の隣に居た。
だから、現状にキレるだろうとは思っていたが、こうも蔑まれると冗談抜きでテンションが下がる。

がしかし、そんなオレには全く構わず、は続けた。


「あたしはアンタ達がそんな状況だってコトも知らなかったのよ?
なぁーんで、そのあたしがの居場所知ってる訳?
そりゃあ、アンタみたいに着拒はされてないけど?きっと、居場所訊こうとしたって答えないわよ。
訊いて教えてくれる位なら、最初から連絡してる。そういう娘なんだから――
「……オイ?」


段々と、イキオイのなくなっていく言葉。
それに思わず彼女を凝視すると、その先には感情を失くしたような無表情のがいた。


「何にも、話してくれないのよね……」


は自分で決着をつけないと、辛かったなんて言ってくれない。
笑って「大変だったんだよ」って言えるようにならなきゃ、教えてくれない。
見た目よりも、ずっと強いから。

そういうが好きだけど。
そういうが嫌い。


ポツリポツリと漏れる本音。
今までにも何度かこういうコトがあった、彼女の表情がそれを物語る。

その無表情は言外に寂しいと言っていた。


「あたし、今怒ってるの」


突然、今更分かりきったコトをは口にした。


「ンなもん見りゃ分かるっつの」
「分かってないわよ。アンタ、あたしが悟浄アンタにだけ怒ってると思ってるでしょ」


その言葉は、遠まわしな否定。


「確かにアンタは悪いわ。もう99%って言って良い位。でもね……」


――残りの1%はも悪いのよ。


その、を責める言葉に驚いた。
どんな時だって、コイツはを擁護するだろうと思ってたのに。


「だから、あたしはあの娘に対しても怒ってるの」


を批難していた。


「何で……」
「『何で』?『何で』じゃないでしょう。
原因を作ったのはアンタでも、は文句が言えたはずなのよ。なのに何も言わないでいなくなった。
修復の機会なんて最初から省いてた。充分な嫌がらせだわ。
そんなコトをされたら、残された方は絶対心にしこりが残るのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……っ」


図星を指されたのは、何度目だったか。
息をのみながら、頭の片隅の冷静な部分はそんなコトを考えた。


「今、何処で何してんのかは知らないけど、見つけたら引っ叩いてやりたい位だわ。
がそんな人間だったなんて知らなかった。幻滅したわね。

さっさとアンタも諦めちゃいなさいよ。

一応そこそこはアンタだってイケてるんだから、幾らだって他の女がいるでしょ?
あんな面倒な娘じゃなくたって良いじゃない」



――あの娘はもう駄目だわ。



もう何日前になるのか。
異口同音。似たセリフをオレは八戒に言われた。
違うのは言われてる相手と言っている人間。

自分が言われた時はただ鬱陶しく、相手にしなかったオレだが。
その嫌悪も露なセリフと口調に、思わずを睨んでいた。

そんな言葉を、手前ぇが言うのか。
を大事にしてた、テメェが!


「幻滅だぁ?そんなもん、お前がのコト禄に知らなかっただけだろ。
  勝手に幻想抱いて、勝手に幻滅してんじゃねぇよ」

「……ねぇ、ちょっと待ちなさいよアンタ」
「あぁ?」


すると、突然はオレに指を突きつけた。
断罪するように。
決定的事実を見せつけるように。


――アンタ何でを庇ってるの?







「あ?」
「どうして自分を置いてった女のコト擁護してるの?
酷いコトして、もう縁も所縁ゆかりもない女だって分かってる?」
「それは――


それは……何だ?
言葉が、続かない。
だが、オレが続けられなくても、は続ける。


「アンタ、自分では散々の陰口叩いてたくせに、他人に言われるのは我慢できないの?」
「オレは……っ!」
「妙な独占欲は周りに迷惑だわ。ましてや、こんな状況で」
「っ……」


言葉に、詰まる。


「コロコロコロコロ意見変えてんじゃないわよ、悟浄。
あの娘を幸せにするって誓ったその口で。
あの娘を冷たくあしらったその口で。
あの娘を蔑んだくせに。
同じ口で擁護するなんて中途半端な真似しないで」

「しかも、全部その時アンタは本心だったから性質が悪い」
「……どうしろっつーんだよ」
「自分で考えろって言いたい所だけど。じゃあ、ヒントをあげる」


ふっと、は笑った。


「知ってた?恋愛って奴は騙しあいの副産物でしかないのよ。
永遠の愛なんて嘘。
騙し合うコトを止めてしまったら、すぐにどっかに行っちゃうくらい儚いの。
いつもなんて言わない。でも、女は偶に甘い言葉で繋ぎ止めておいてくれないと不安で堪らなくなる」

「何だそれ?」
「私の愛しい人のセリフ」


「良いでしょ?」とうそぶく彼女に同意を求められる。

確かにその意見には思い当たる節だらけだ。
今までずっと、他人を騙して生きてきた。
でも……。


だけは騙そうとしたコトなんてねぇよ」


絶対、同意なんてしてたまるか。


「オレはと騙しあったコトなんて一度もない」
「それはアンタの錯覚じゃないの?」


――本当は騙されてたのに、気付かなかっただけじゃないの?


その言葉に、オレは。



「……オレが騙されてなんかねぇって言や、騙されてねぇんだよ」



ただ笑みを浮かべた。
自嘲のような、歪なそれを。

そして、沈黙が落ちた。
探るようにの視線がオレの瞳を射抜く。
偽りを蹴散らして。
嘘を貫いて。
真実だけを見ようと。

お互いの眼が交差したまま数分が経過した。
そして、唐突に、ふっと彼女は息を吐いた。


「スキならスキって素直に言っときゃ良かったのよ。今みたいに」
「は?」
「何、回り道してんのって言ってんの。
折角あんな今時珍しい超お買い得品ゲットしておきながら、逃がすなんて呆れてモノも言えないわ」


の言葉が、理解できずにオレは間の抜けた表情で彼女を見た。
すると、一方の彼女は一変して可笑しそうな瞳でオレを見る。
ニヤニヤと酷く、愉しそうな表情カオだった。


「でも、逃がしたんならまた捕まえれば良いだけの話よね?」





それは共犯者が浮かべるような意地の悪い笑みだった。





......to be continued