君は、オレの傍で咲く白い花だった。 そのコトにようやくオレは気付き始めた。 Life Is Wonderful?、5 リビングに戻り、天井を見上げて。 閉じた瞳の奥にを描いてみる。 …………。 ………………………………やっぱ駄目だ。 思い出せねぇ。 最近見慣れていた、なんだかつまらないような表情じゃなくて。 見たいのは幸せそうなモノなのに。 はっきりと思い浮かべられない。 最後に見たのが、あまりに遠すぎてオレには思い描けない。 ――悟浄。 このままじゃ八戒に『駄目人間』扱いされたままだと、少し焦る。 ほんの少し気になっただけなのに、何でこんな苦労してんだ?オレ。 そこまで記憶力が悪い訳じゃなかったはずだが。 フィルターでもかかったかのように、の表情は不鮮明だった。 ――ごめ、ごめんなさっ。私……っ。 ん……? 今、何か思い出しかけた。 ――あれっ。止まんな……。 何だ? ――きっと眼に何か………っ。 何で、泣いてんだよ? 必死に記憶の糸を手繰っていくと、オレはその日を思い出した。 嗚呼。 花のような表情にはほど遠いが。 お世辞にも綺麗な笑顔とは言いがたいが。 ――無理して笑わなくて良いから。 ――無理なんか……。 ――泣きてぇ時は泣いとけよ。 ――…………。 ――見ねぇから。 ――……っ…うぇ…。 初めてがオレの前で泣いた日のコトを思い出した。 ――ありがとう、ございます。 そして、泣いた後に真っ直ぐオレを見て、彼女は微笑んだ。 ようやく思い描けたその表情を、世界で一番愛しいと。 思った自分がいた。 一度、思い出してしまえば。 付き合っていた頃の、好き合っていた頃の記憶は堰を切ったように次々と浮かんで。 君の怒った姿も。 泣いた姿も。 拗ねた姿も。 全部がオレの心を抉る。 下手なナイフなんかよりも、その刃はずっと鋭い。 それにここ最近のの様子は、全てが彼女一流の演技だったと気付かされてしまった。 本当は、寂しくて。 泣きたかったのかもしれない。 その気持ちを殺して、抑えて、押し込めて。 そんな風だったから、つまんなそうな表情になってたのか。 そういや、昔からそうだったな。 アイツは人前じゃ泣かない。 泣けない。 「は無意識に嘘を吐く」と、言ったのは誰だった? 「傷つけないように、傷つかないように、意識せずに笑ってしまう」って言ったのは? 本人か? 八戒か? の親友? それとも、オレだったのか? そのコトを知っていたのに。 気付かなかった。 気付こうとしなかったオレに、は何も言わず去っていった。 どうしていつも溜め込んでんだよ。 そういうのは鬱陶しいって言ってんだろうが。 そう憤りを感じたけれど、 「言わせなかったのは、オレか……」 話をしようとしなかったのは、自分だった。 腐ったオレの気持ちを代弁するかのように、空は暗くなっていった。 太陽は雲に隠れ、徐々に深まっていった雨の気配。 あと少しできっと外はどしゃぶりだ。 「……雨、か」 ほんの少し、自嘲の笑みが漏れた。 もう、掃除する気なんて微塵も起こらない。 寧ろ、何をするのも億劫だ。 最初のように退屈なだけならまだマシだが、今は……違う。 なんとはなしにのコトを思い出して、彼女を探そうか迷う。 探せば、少なくともこの無力感は消えるのは分かってる。 でもよ、もし見つけちまったら。 どの面下げて逢えば良い? そう思うと、重い腰は上がらない。 どうするコトもできないまま、時間だけが過ぎていこうとしていた。 そして、ポツリポツリと窓を水滴が濡らし始めた頃、耳障りな携帯の着信メロディーが流れ出す。 音を馬鹿でかく設定している為、かなり癪に障る。 しかし、オレは相手を確認しないままにその電話を取った。 だと……思った訳じゃない、と思う。 「……誰だ?」 『あ、悟浄?』 受話器越しに聞いたのは、結婚する前に何度かお相手願った女の、甘ったるい声だった。 ――悟浄。 の声と、全然違う。 「んだよ……」 『何だか不機嫌ねぇ。何かあったの?』 「別に」 『そう?だったら、最近何で連絡してくれないの?』 知るか。 「あ〜、ちっと色々あってな」 『ふーん?』 早く用件言えよ。 「で、何か用?」 『ひっどーい!何、そのやる気なさそうな言い草!?』 煩ぇ。 『もう。しょうがないんだから!』 手前ぇに関係ないだろうが。 『……ね、悟浄。明日って空いてるわよね?』 「明日ぁ?……無理。空いてねぇ」 手前ぇの相手なんざ誰がするか。 そう思って、気だるげに相手を拒絶する。 そうでもしないと、そのままソイツに暴言を吐きそうだった。 しかし、向こうはオレの態度を不服にとったらしく、酷く憤慨した様子でヒステリックな声を上げた。 『ヤダ!何ソレ!?あたし明日誕生日なのよ?』 ……誕生、日? 『忘れるなんて最っ低。この間お店で一緒にいてくれるって言ったじゃない!』 ――忘れたら、怒るから。 「オイ」 『……何?予定空けてくれる……』 「今、何つった?」 『え?』 「何つったかって訊いてんだよ」 『だから、予定空けてくれるのって……』 「……違う」 『えっと、一緒にいてくれるって……』 「その前だ!」 『……誕生日を忘れるなんて最低?』 「…………」 思い当たった『原因』に、オレは呆然と携帯を握りしめた。 その単語に、眩暈がする。 ……オレは、馬鹿か? きっかけなら、ちゃんとあったんじゃねぇか。 もちろん、それがのいなくなったあの日だって訳じゃねぇし。 もう、半年以上経ってるかもしんねぇが。 はただ、いなくなる準備をしていただけだとしたら……? 生真面目なアイツのことだ。 全部きっちりカタ付けてからじゃなきゃ、行動するはずがない……。 それは、きっと他の奴から見れば、随分ちっぽけなモノかもしんねぇけど。 けど、言い出したのはオレだったんだ。 に笑って欲しくて、オレが約束したコトだったんだ。 ――この日は、二人で祝ってやろうゼ? 「……」 『え?何よごじょ……』 ブツリ。 相手を無視して、乱暴に携帯を切った。 そして、気がつけば何も考えないままジャケットを引っ掴み、オレは思わず外へ飛び出していた。 どしゃぶりの雨の中。 駆け出して。 走って。 濡れて。 が好きだった場所を見て回る。 彼女の姿を探すが、前がよく見えない。 視界は雨に遮られ、何処を見ても見つからない。 時偶すれ違う他人の訝しげな視線にも、気付かないほど必死に。 オレはを探す。 愛想つかされても仕方がないコトをしてしまった自分に気付いた。 気付けば、もうどうしようもなく身体が動いていた。 がこんな処にまだいるなんて思っちゃいねぇよ。 でも、無意味なコトして頭を冷やすのも偶には良い。 息が上がってきたので、仕方なしに一旦足を止める。 髪から滴り落ちる水を掻きあげ、オレは自分を罵った。 「……何処、いんだよ」 舌打ちが、雨音に掻き消される。 息を整えて、周りの景色を見てみる。 家から少し離れた、公園だった。 「!!」 そして、傍の道から。 「っ!」 白い、影が一つ。 公園に入ってきた。 意識しないままに駆け出して。 乱暴にその人物の細い腕を掴んだ。 二度と離さないように。 強く。強く。強く。 もちろん、突然掴まれた方は酷く驚いたらしく、微かに息をのむ音が届いた。 「っ!?」 「……悪かった」 そんな彼女に、自然と出てきたのは謝罪の一言。 「……」 「……!」 しかし、そんなオレに返された言葉は、酷く短く。 残酷だった。 ――離して。 君は、オレが知らない間に手折った白い花だった。 気付くのは、遅すぎた。 ......to be continued
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