君の部屋は懐かしく。 けれど、肝心の君の顔が思い出せない。 Life Is Wonderful?、4 何を上手くやっても、気分が晴れない。 そんな経験は誰にだってあるだろうし、オレにだって一度や二度ある。 ここで、今現在そういう状況だというつもりは全くない。 最近じゃ大衆向けのテレビ番組もそこそこな気がしてきたし、面白いとも思えてきた。 なのに何故だか知らねぇが。 物足りない感覚が頭の隅にしっかりと根をはっていた。 それをそれとなく自覚しながらも、オレは無理矢理それを無視をする。 「足りないモノがあるなんて、そんなの気のせいに決まってんだろ」 「オレの生活は満ち足りてる」 「オレに不満なんてモノはない」 誰か、それこそカミサマにでも言い聞かせるように、オレはそう声に出して言った。 ん?……不満ならあるか。 片付けても片付けても片付かないリビングとか。 今はかろうじて綺麗って呼べる状態だけどな。 毎日使ってるせいで、どうしても一番汚くなっていく。 まぁけど、慣れてみると掃除も悪いもんじゃない。 徹底的にこの家を綺麗にしてやろうと思い立ったのは、一昨日のコト。 「さーてっと……」 そして、今日は何処を片付けようかと考えて、ある部屋が頭に浮かぶ。 自分の部屋は片付けた。 けど、の部屋は……? ……別に、とっとと片付けたって問題ねぇよな。 散らかす人間がいねぇんだから、一度綺麗にしちまえばもう片付けなくても良いし? もちろん、がオレのように部屋を荒れた状態にしているなんざ思っちゃいないが。 それでも、きっと持ち物全てを持ち去ったなんてコトはないだろう。 何年か此処で暮らしてきたのは事実だ。 の……持ち物がきっとまだあんだろ? 一気に気分がのってきて、オレは二階にあるの部屋へと足を向けた。 最後に行ったのは何時だったか……。 そんな取り留めのないコトを考えながら、ノブを回す。 かちゃりと抵抗無く開いたはずのそれは、何故か重く感じた。 部屋に入って、驚いた。 久しぶりに感じるの気配を懐かしく思う前に、飛び込んだ情景。 きちんと片付いているであろう室内を予想していたオレを、見事に裏切るその光景に。 汚いというよりは散乱している。 散乱しているというよりは、広げられている。 まるで今からデートに行く服を選ぼうとしていたかのように、見覚えのある服や小物が並べられていた。 行儀良くベッドの上に。 スカート。 髪留め。 CD。 セーター。 綺麗に畳まれて。 綺麗に重ねられて。 大切にされてきたであろうそれらは、置き去りにされていた。 「……何やってんだよ、アイツ」 まさかオレが捨て易いように、なんてそんな気遣いじゃねぇだろうな。 ブツブツと言いながら、一番手前に置いてあったCDを持ち上げる。 「……コレ、オレのじゃん」 あー、いや。正確に言えば『元オレの』だけど。 二人組みのロックバンドの奴。 気に入っていたCDで、が聴きたがったからくれてやった……んだっけか? 確か付き合い始めの頃だった気がする。 あんましのイメージに合わないと思ったのは、覚えてる。 ロックより洋楽って感じ? ――でも、悟浄が好きな曲なら聴いてみたいなぁ。 「!?」 不意に、の声が聞こえた気がした。 はっとして、思わず頭を左右に捻る。 がしかし、見渡しても其処は主のいなくなった空虚な部屋でしかない。 オレは独りだった。 「……ダッセ」 自嘲の声を漏らし、オレはCDをベッドに戻す。 自分の反応を客観的に判断して思うコト。 つまり、まぁ、残念だと思ってんだろ、オレ自身は。 最初の内と意見とは変わるが、そん位にはに執着あったみてぇだワ、オレ。 それは意外としか思えないコトだったが、そんぐらいじゃないとわざわざ付き合ったり結婚したりはしなかっただろうと納得する。 だが、オレは「残念だ」と思う程度にしか、への想いを思い出せなかった。 もっとたくさんあったはずの何かは、もう何処にも見当たらない。 なんとなく胸がつかえて、オレはのベッドに腰掛けた。 視線を横に流せば、広がるモノ達が否応なしに……見える。 すると、そんなオレの目に映る奴等が何も言わずに、語りだした。 「お前が忘れたモノを見ろよ」と。 それは錯覚でしかなく。 ただの思い過ごしでしかなかったが、それでも、そう思わずにはいられなかった。 スカートは結婚してから何度目かのデートで買ってやったモノ。 ちょっとした祭りでが可愛いと言っていたから、軽く買ったやっすい髪留め。 寒がりらしいと知った時に一緒に買いに行ったセーター。 が残していったのは、オレがやったモノ全てだった。 そう気付いてみれば、確かに見覚えのあるはずのモノばかり。 「そういえばこんなんあったな」と言ってしまいそうなほど細かいモノまできちんと取ってあって。 「…………」 想うコトがない訳じゃない。 そして、そんなオレの目はある一点で落ち着いた。 手に取ったのは真っ白な、コート。 雪のように、とは言わない。 そんな目に痛い白じゃなくて、もっと柔らかい白。 何故かそれだけがこの部屋で一つ広い位置を占めていた。 畳まれるコトもなく。 重ねられるコトもなく。 絶対に似合うと思って、でも馬鹿高くて。 今時、飯代浮かせる為に絶食してまでプレゼントしたモノだった。 お返しとか言って、同じように食費削ったがジャケット買ってくれたっけか。 ――どうして、こんな、高いのに……っ。 ――オレがあげたかったの。着てくんないなら捨てるゼ? ――でも……。 ――チャン? ――……ありがとう。 ――どーいたしまして。 ――ありがとう、悟浄。 が、大切そうにいつも着ていたコート。 置き去りにされてしまったソレ。 は、迷ったのだろうか。 迷った末に置いて行ったのだろうか。 ――絶対ぜったい、大切にするね。 幸せそうに笑ったはずの彼女の表情は、ぼやけて思い出せなかった。 置いて行ったのは、オレから贈ったモノ全て。 それはきっと想いすら……。 ......to be continued
|