Memory 「ねェ、姉ェ」 「ん?」 は妹のと、二人で以前暮らしていたマンションの一室にいた。 酷く寒い日の夕方だったが、此処は温かな光で満ちている。 「……大掃除してたらこんなん出てきたけど?」 神妙な表情のが手にしていたのは一枚の写真……。 現在、彼女が一人で此処に住んでいるが、まだ多少はの荷物も残っていた。 コレもその一つなのだろう、はソレを見て「ああ」と声を洩らした。 「随分と懐かしい写真じゃないか」 「で、何がどうなってこうなったの??」 興味深々でそう尋ねてくる可愛い妹に苦笑が浮かんだが、は写真を受け取った後、遠い目をしながら口を開いた。 「あの頃は若かったからな」 「……今も充分若いでしょ」 遡るコト数年前。 とある学校の体育館裏に、一人の女生徒と男子生徒が向かい合って立っていた。 なんともベタな場所と彼の緊張した表情から、 これから飛び出してくるセリフが簡単すぎるほど簡単に想像できて、女生徒―― は心底ウンザリしていた。 本当にうっとおしいコトこの上なし。 そんな声さえ出してしまいたい位だが、とりあえず真摯に相手の話を聞く態勢をとる。 と、彼はそんな彼女の心中などお構いなしに必死に口を開いた。 「さん!オレと付き合って下さ……」 「お断りします」 がしかし、野球のピッチャーも驚きの豪速球でそう返されてしまった。 律儀に断りを入れに来ている辺り、彼女の几帳面さが出ている。 「ま、まだ言い終わってな……」 「その必要性もありませんから」 出ている気がするが、もしかしたらトドメを刺しに来ただけなのかもしれない。 男子生徒はなおも言い募ろうとしたが、満足にセリフも言わせてもらえず一気にうなだれた。 すると、はソレに目もくれずに背を向けた。 本当に彼に対する関心がゼロなのが丸判りだ。 そして、その背中を苦しげに見やり、彼が吐き捨てるように悲痛な声を上げたその時、ある人物がその場に乱入してきた。 「オレの何が悪いんだっ!?」 「そりゃもちろんルックスでしょ」 即ち、ようやく言葉を言い切った瞬間、が向かっていたのと反対の方向から、不敵な笑みを浮かべた捲簾が暴言のおまけ付きで現れたのである。 突然現れた目立つ男とそのセリフに男子生徒は目を見開く。 当然と言えば当然だろう。 ただでさえ、フラレたなんていう主観的にも客観的にも情けない状況だったのだから。 「なっ!?何を……」 「ソレと、友達に告白相手を呼び出させる根性のなさも足しといて下さい」 「あ、な〜る。そりゃの嫌いな部類だな」 顔を真っ赤にして捲簾に反撃しようとしていた彼に、彼女は今度こそトドメとばかりに冷たい一瞥を寄越した。 取り付く島さえない二人の言動に、彼は再起不能なまでに崩れ落ちる。完全に。 はっきり言って、彼のプライドはボロクソだ。 そして、二人はその場に憐れな彼を一人残し、悠然と立ち去った。 「いやァー。いつもながら見事なフリッぷりで」 そんな軽口を言いながら、頭の処で腕を組んで隣を歩く人間をは見上げた。 「捲簾……」 「何だ?」 「お前は私のストーカーか?」 真剣な表情でそう訊いてくるに捲簾は一瞬呆気に取られた。 『ストーカー』? 誰が、誰の?? 「……ハイ?」 「毎日毎日私が告白される度に出てくるなんて、本っっ当に暇人だな」 がしかし、その内容とは裏腹に呆れ顔で捲簾を見つめてくるその表情と口調は、 先程までと違いかなりの親しみが感じられた。 本人曰く『腐れ縁』のせいらしいけれども。 余談だが、「大体、なんで私が告白される場所や時間を知ってるんだ??」とその時の彼女は思っていたらしい。 ちなみに、その情報源は新聞部の古馴染みである。 その様子に少し満足した捲簾は口元の笑みを隠そうともしないで言い放った。 「愛しのチャンの為だからなv」 「『愛しの』とか言うな。チャンを付けるな。気色悪い」 「ヒデェ。コレで記念すべき告白1500回目よ?オレ」 「数えてるのか……?」 何気に傷ついた捲簾はそう呟いた。 ソレを見て、は思いっきり呆れたというように溜め息をつく。 彼女としては、毎日のように、いやヘタをすると一日に何度も告白してくる捲簾には、感心すら覚えてしまう……。 そして、はいつものように、いつも通りの答えを口にした。 「私はお前と付き合う気は全くない」 が、その言葉に一瞬で落ち込んだ彼に掛けられた言葉は普段と全く違っていた。 いつもは終わってしまう日常会話。 でも、今日だけは、続きがあった。 きっと、彼女のちょっとした気紛れではあっただろうけれど、それでも。 「今はね」 「へ?」 続きが、あったのだ。 そして、は憮然とした表情で淡々と続けた。 「私は結婚を前提とした申し込みしか受けるつもりはない」 「オレ、結構本気でそのつもりなんだけど?大学なんて行かなくて就職したって良いんだし」 「行き当たりばったりなんてたかが知れてるな。高卒でロクな仕事に就けると本気で思ってるのか」 「ハァ?」 「安定した収入が入る職について、貯蓄があって、尚且つ二人とも相手を必要としていれば私だって結婚するよ」 もの凄ーく聞き捨てならない単語が出てきて、捲簾は一瞬思考がフリーズした。 とりあえず気持ちを落ち着けようと懐から煙草を取り出した捲簾。 けれど、その顔は珍しく紅く染まっていた。 普通に考えて、いまどき「付き合おう」の前に結婚なんて言葉は出てこない。 が、彼女のそんな古風なところに、捲簾は滅法弱かったりする。 「……、それはひょっとすると愛の告白のつもりなのか?」 「言っとくけど、天蓬にも私はこう言うからな」 「な……っ」 その言葉に呆気に取られている彼を見て、はようやく微笑みを浮かべた。 それは、思わず見惚れてしまうような綺麗な綺麗な笑みだった。 「嘘だよ。捲簾が条件を満たせたら、告白にも応える。約束だ」 にっこりと余裕のある表情を浮かべる彼女が酷く小憎たらしい、とその時捲簾は思った。 が同時に、ふと彼はイイコトを思いついた。 さり気なく身を屈めつつ、ソレを不思議そうな表情で眺める彼女に思わず頬が緩む。 「んじゃあ、約束を守ってもらうの為の保険が欲しいんだけどな。オレ的に」 「は?保険なんて……」 「イタダキv」 ふっと、何かがの唇を掠める。 そして、その次の瞬間、眩しいフラッシュが近くの茂みから光った。 「――……というワケで、当時新聞部だった天蓬に撮られたんだよ。危うく校内新聞のトップを飾る処だったんだ」 「フーン。青春だねv」 笑いをかみ殺した様子のを見て、も自然と笑みを零した。 そして、そのまましばらく談笑していると、突然、玄関のチャイムの事務的な音が響いた。 「……来たみたいだな」 「あ、『愛しの』ダンナのお迎え?」 はのその言葉を背に自分の荷物を掴んだ。 僅かにコートから覗く左手薬指には、誓いの輪が硬質な輝きを沿えている。 そして、彼女は妹のですら見たコトのないような嬉しそうな表情を見せながら、彼女に手を振った。 ―――ただの『腐れ縁』さ。 その後、残された写真を手に、はコタツに寝そべった。 「……何だかなァー」 彼女が見つめる先では、鳩尾に膝蹴りをされても心底嬉しそうな笑顔の義理の兄と、 まだ少し幼い、照れ隠しに失敗した姉の姿が写っていた。
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