幼馴染。
とても都合が良くて、とても都合の悪い言葉。

人間関係には、壁がある。
例え、それが親だろうと恋人だろうと、その人自身ではないのだから、壁が生まれるのは必然だ。
もちろん、幼馴染にだって、ある。

相手は幼馴染。
けれど、とても大切にしたい人。

君が好きです。





きみが





それはある日の放課後のお話。
時期にしてみれば、大体半年位前……だったかな。


「ね、はスキな人いるの?」


突然振られた話に、私は疑問符をたっぷりと浮かべて顔を上げた。
今まで、私と関係のなさそうな話だから、時計を見ていたのに。
八戒のお迎え遅いなぁって。


「はい?」
「だから、スキな人!」
「え、いないよー」


ほとんど条件反射のように、私の口からするりと出た一言。
今までも何度か訊かれたコトがあるし、その度に同じ答えを繰り返してきた。

いつもなら、皆がすぐに納得してくれてこの話題はおしまい。
けれど、この時一緒に話していた友達は信じてくれなかった。


「嘘だぁー」
「嘘じゃないよ?」
「八戒君のコト、スキじゃないの?」
「……八戒?」


出てきたのは、とっても笑顔の素敵な幼馴染の名前。
小さい頃から一緒にいて。
優しいお兄ちゃんって感じ。でも、


「どうしてそこで八戒が出てくるの?」


心底分からないといった表情カオで皆を見ると、彼女達は一回顔を見合わせた。
そして、漏れてきたのは特大の溜め息の数々。


「出たよ、天然が」
「え?え?え?」
「……、アンタ男子と話なんかほとんどしないでしょ?」
「うん?」


だって、話す用事がないし。
話しかけられればもちろん返事を返すけど、意味もなくお話はしないかな。


「なのに八戒君とは話すじゃない」
「だって、幼馴染だし。男子って感じじゃないのですよ」
「それが『特別』な感じなの!」


なんだかおかしな話の流れに、私は嫌な予感がした。


「そうだ!今度八戒君とデートしてみたら?」
「は?」
「それが良いよvそうでもしなきゃこの子達進展しないだろうし」
「ちょ、ちょっとまっ……」
「よし!じゃあお姉さん達がセッティングを考えてあげようvえっと、まずはデートコースを……」
「いい加減にして」


心持ち怒ったような表情を作って周りを見回す。
実際は別に怒ってなんかないんだけど、こうでもしないと本当にエスカレートしちゃうから。

すると、皆少しバツの悪そうな表情をしていた。


、怒ってる?」
「怒ってるように見えればそうなんじゃないですか?」
「ごめんって。ちょっと調子乗っちゃったの」
「……もうしない?」
「しないしない」
「でもさー。本当に勿体無いよ?あんな格好良い幼馴染……」
「八戒は八戒なの。勿体無いとかじゃないの!」


自分で言ったはずのその一言が、何故か心に引っかかる。







そして、その後迎えに来てくれた八戒と一緒に帰りながら、私はずっと心の片隅で色々と考えていた。

さっきはああ言ったけど、本当の所、私は八戒のコトどう思ってるのかな?
八戒は八戒だよ?
大好きなのは変わらないんだよ?
でも、何か小さい頃と最近は……違う、かな。


「……


優しくて格好良くて、私の自慢なんだけど。
一緒にいたいって思うけど。
何だか何年か前から、もやもやする……。


?」


と、八戒が少し大きな声で私を呼んだ。
弾かれたように顔をあげると、少し困ったような八戒の苦笑と出遭う。


「何か考え事ですか?」


あ、折角八戒と帰ってたのにこれじゃ駄目だよね。
心配はかけちゃいけないし。かけたくないし。

……『折角』?


「えっと、うん。考え事」
「教えてはくれないんですか?」
「教えても良いけど、多分八戒怒ると思う……」
「そんな風に言われたらますます聞きたくなっちゃいますねぇ」


とても楽しそうに笑う八戒に、私は少し肩を落として口を開いた。


「あの、八戒に借りてた本持ってくるの忘れちゃったの。ごめんなさい」
「くす。そんなコトですか?」
「そんなコトじゃないよ!だって、今日返すって約束だもん」
「その位じゃ怒りませんよ。は生真面目ですね」


にっこりと安心させるように笑う八戒に、私もつられて笑顔になる。

でも、ごめんね、八戒。
今の嘘なんだ。八戒のコト考えてたんだよ、本当は。

ずっと前に八戒が私には嘘を吐く時に癖があるって言っていたから。
友達に色々教えてもらったりして、私はそれが「目を見ないコト」だと気付いた。
何度も鏡に向かって練習して。
私は嘘が上手くなりました。
だって、八戒も騙しちゃえる位だしね。

ねぇ、八戒。
私、本当は素直でも何でもなくて。
大嘘吐きなんだよ?



「家にあるんですか?」
「確か机の上だったと思うんだけど……」
「なら取ってきてくれれば、玄関先で待ってますよ」
「本当?」


その会話でふと思う。
……そういえば、八戒が私の部屋にくるコトってなくなったな、と。
私も八戒の部屋とか家とか行かないし。
何でだろう。
何だか気恥ずかしくて、誘ったりもしなくなっちゃったなぁ。
でも、家の事情で一人一軒家に住んでるから、八戒はもしかして寂しかったりするのかな。


「ねぇ、八戒」
「はい?」
「寂しい?」
「どうしたんです?いきなり」
「何か、ちょっとそう思ったの」

「……がいるから寂しくはありませんよ」

「そっか」


嬉しくて、満面の笑顔を浮かべた。
そんな風に言ってもらえるなんて思ってなかったから、少し照れたけど。


「もし八戒が病気になったら看病しに行ってあげるね」


私がそう言った直後の八戒の笑顔が忘れられない。
本当に嬉しそうに、照れくさそうに、柔らかく笑ってくれたから。


「楽しみにしてますね」


やっぱり八戒は笑っててくれるのが好きだと思った。







八戒は、空気みたい。
気がついてもつかなくて一緒にいてくれるから。

登下校だって私を心配して一緒にしてくれてる。
やっぱり一人で帰るより二人の方が楽しいし、嬉しいし、安心するから。
でも、私は八戒に何もしてあげてない……。


「そんなのヤだなぁ……」


時々見せてくれる幼い表情カオとか。
すっごく優しい目とか。
大好きなのにな。

そんな風にモップをかけながら考え事をしていたら、ポスっと頭に何かの重みがかかった。
不思議に思って後ろを振り返ると、そこにはとても目立つ紅い髪が揺れていた。


チャン。今バイト中」
「へ?あ、はい!ごめんなさいっ!」
「つっても、この時間は客来ねぇけどな」


この人はバイト先――コンビニの先輩で悟浄さん。
でも、年は同じで、お隣のクラス。八戒と一緒。
八戒の次によく話す男子だと思う。
だって、八戒の親友さんだからね。

慌てて謝ったけど、悟浄さんはご機嫌よさそうな表情を崩さなかった。


「何か悩み事かなんか?」
「そうと言えばそうなんですけど、違うと言えば違うような……」
「また曖昧だな。なんだったらゴジョさんが相談乗りますよ?」


お茶目にウインクを飛ばしてくる先輩に赤面しながらも、私は渡りに船とばかりに質問をぶつけるコトにした。
こんなコト、訊ける人が他に思いつかなかったから。


「先輩はずっと一緒にいたい人っていますか?」
「は?」
「別にスキな人とかいうんじゃなくてですね、お友達とか」


その言葉を何度か吟味している様子の先輩。
ちょっと期待しながらその言葉を待っていると、先輩はその私をじっと見返してきた。


「知りたい?」
「はい、とっても!あ、でも別にお名前を言って欲しい訳じゃないんですけど」
「ンな興味津々な表情されたら答えなきゃな……」
「?」


一瞬の複雑そうな瞳の意味が、私には分からなかった。
しかし、怪訝な私の視線など気にしていないかのように先輩は口を開いた。


「本気で一緒にいたいって思える奴、一人だけいるな。笑った顔がバリ可愛いオンナノコ」


そう言った先輩の表情は、初めて見たって位優しいモノだった。
見ているだけで心があったかくなるような、そんな空気。
先輩はその人のコトが本当に大切なんだろうな、って伝わってきた。


「その人に『一緒にいてほしい』って先輩は言いました?」


いつの間にか柔らかく緩んでいた頬に気付いたけど、それはもう無視して先輩に再度尋ねてみる。
すると、先輩は目を細めていた。


「それは……言ってねぇ」
「どうしてだか訊いて良いですか?」
「……そのコがマジにスキだから」
「え?なら、どうして……」
「言ったら、絶対困らせるに決まってんだよ。
そのコ、自分で気づいてないかもしんねぇけど、スキな奴……いっから」
「そう、ですか……」


そういう考え方もあるのか、と納得すると同時に私は困惑した。
どうしよう。あまり参考にならなそうだ。
だって、私が八戒に伝えたいのは、恋愛とかそういうのじゃない、から。
どうしたら、日頃の感謝とその想いを伝えられるんだろう。


「八戒だろ?」


そして、不意に先輩の声が聞こえた。
「どうして今の話の流れで八戒が出てくるんだろう……?」とまた思いながら、私よりずっと高い位置にある先輩の顔を見つめた。


「はい?」
「だーかーらー、チャンの『ずっと一緒にいたい』奴」


……その通りなんだけど、改めて名前を出されると気恥ずかしくて、私は言葉につまってしまう。
すると、そんな私の様子をどう解釈したのか、先輩は私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。


「何するんですか!?」
「ゴジョさんからのアドバイスv」
「は?」
「アイツに『今スキな奴がいる』って言っちまえ」
「……はい?」


すみません、意味が分からないんですけど。
……これは私の言語理解能力が不足してるから?


「何でそんなコト言うんですか?」

「簡単に言えばだ。
チャンは八戒の野郎がスキで、アイツに告白しようとしている。
でも、だ。チャンの方からだとアイツのメンツは丸つぶれ。
かと言って、アイツはチャンを未だに幼馴染扱いしてる節がある。だから、今のまんまだと告ってくるコトはない。
なら、少しは危機感をくれてやれば、アイツも重い腰をあげるんじゃねぇかなー、と。まぁこんなモンだな。
別にさらっと言っちまえば良いんだよ。なんだったら、オレの名前出してくれても良いし?」


言われた言葉が中々認識できない。
私が、八戒をスキで告白?
え、そんなコト何時言いましたっけ??
メンツ?重い腰??


チャン?オーイ、どしたー」
「……えっと、先輩?」
「ん?」
「私が八戒に告白するんですか?」
「『一緒にいてほしい』って言うならそりゃ告白だろ」
「……えぇ!?」


確かに言われてみれば告白に聞こえるって言うか、告白にしか聞こえないかもしれませんけど!


「そんなつもりで言ったんじゃ。それに私、八戒に言うなんてまだ一言も……」


頭の中が真っ白になってしまって、どうしても上手く口が回らない。
なんだか頭に血が上ったのか、酷く頬が熱い。
どうしてこうも動揺しているのか、よく分からない。


「今の流れじゃそうだろうが」
「うっ……。そうかも、しれませんけど、でも、告白とかじゃ……」

「本当に?」


思わず逃げ腰になっていた私を、先輩のまっすぐな視線が射抜く。
真摯に、真剣に、その瞳は向けられていた。


「本当に、告白じゃねぇのか?」


何だか酷く、その真剣な瞳が怖くなった。


「私は八戒と一緒にいたくて。でも、よく分からなくて……」



私は八戒が……スキ?



混乱が深まってくる。
友達の言葉と先輩の言葉が頭の中を駆け巡って暴れ続ける。

『八戒君のコト、スキじゃないの?』
『それが『特別』な感じなの!』
チャンは八戒の野郎がスキで、アイツに告白しようとしている』


すると、不意に肩をまた叩かれた。
視線の先もさっきと同じ悟浄先輩で、でも、その顔は苦笑を浮かべていた。


「悪ぃ悪ぃ。一気に言われたら混乱するよな」
「……せん、ぱい?」
チャンはチャンのペースで考えりゃ良いから。
そん時にさっきオレが言ったコト思い出せよ。今は……ゆっくりで良いから」


優しくかけられた言葉。
浮かんできた理由の分からない涙を押し殺して、私はそれに甘えさせてもらうコトにした。
でも、その日バイト終了直後の、先輩の一言が耳に残って離れない。



――でも、八戒はチャンのコト愛しちゃってるぜ?







それから、半年。
先輩はそういう話題をまた持ち出そうとはしなかったし、私もしないまま時間が流れた。
でも、気がつけば私の頭はそれで一杯になっていて。

いつも通りの八戒との登下校中も、こっそり八戒のコトを見て。考えて。

八戒は私がスキ?
私は八戒がスキ?
この気持ちは何ですか?


自分を冷静に観察してみて分かったコトは。
家族といるよりも友達といるよりも、八戒と一緒にいるとほっとするというコト。
そして同時に、嬉しくて、少し鼓動が早くなるというコト。

八戒は私がスキ?
私は八戒が大好きです。
この気持ちが恋ですか?


そして、ある日の放課後。
友達と話していると、半年前と似たような話題になって。
それを聞いてしまったらしい八戒に、私のスキな人が誰か訊かれた。

いつもの彼らしくなくて。
酷く焦っていて。
これは、期待しても良いのかな……?
先輩の言葉をまるっきり信じる訳じゃあないけれど。


「……バイト先の、悟浄先輩」


お名前を貸して下さい。







―作者のざれごと♪―

『きみがすき』ちゃん.ver終了ー。
悟浄さんが相変わらず結構良い役どころにいますね。
うん。親友の為にスキな女の子を諦めて、こっそり舞台設定を整える器用貧乏って良い役じゃないですか?
なんか相手が八戒さんのはずなのに、これだと悟浄夢みたいですよね。八戒さんは何処?
まぁ、需要はあるらしいので良し!

以上『すきなきみ』.verで『きみがすき』でした。