転寝 コンコンコン。 軽いノックの音が天蓬の部屋に響く。 は返事のないコトにしばらくの間首を傾げていたが、とりあえず入ってみると、其処はいつも通り本の海だった。 確か、先日片付けたはずではなかっただろうか? そのあまりのズボラぶりには閉口する。 「相変わらず無用心だな……」 そう呟くと、は天蓬が本を読みながら意識を飛ばしているかどうかを確かめる為に、部屋を見回した。 「いない、か……。捲簾はいると言っていたんだが」 まさか嘘を教えたなんてコトはないと思うが、念の為もう一度捲簾に逢いに行こうとは思った。 すると、踵を返そうとした彼女の視界に何か薄汚れた白い物体が映り込んでくる。 何かの布のようにも見えるが、本で大部分が埋まっていて分からない。 不思議に思いながらその布を引っ張ると、どうもポケットのようなモノが――…… 「天蓬っ!?」 ようやくその布の正体に思い至ったは驚きながら、本を急いで撤去してみる。 すると、しばらくして床にうつ伏せの状態で倒れている天蓬が現れた。 言わずもがなだが、さっきのは天蓬の白衣だったらしい。 すぐに安否を確かめるべく彼を抱き起こそうとしたが、その瞬間。 「てん……!」 「……スー」 「…………」 かなり規則正しい寝息が聞こえてきた。 何で、本に埋もれて寝ているんだ?? は呆れかえりながら起こすかどうか悩む。 おそらく、前の掃除がいいかげんで、何か本を取ろうとした拍子に雪崩が起きてしまったとか、そんな処だとは思うが。 かといってそのまま寝るだろうか? 気絶したという考えは、まずないだろうし。 と、がそんなコトをつらつらと考えていると。 天蓬は自分を支える彼女の手を振り払って、座り込んでいたの膝に頭を乗せて落ち着いてしまった。 固まるだったが、天蓬はそんなコトを全く知らないまま、安らかに眠っている。 「……何してるんだ、コイツは」 ようやく出てきたのはそんな言葉。 まさか、こんな状態になるとは露とも思わなかったは額に手を当て、天蓬に声を掛けた。 「天蓬。起きろ、天蓬」 「……」 「勝手に人の上で寝ないでくれ、天蓬……」 滅多に見ない彼の寝顔を見ながら、は小さく溜め息を吐いた。 このまま自分の上から彼の頭を落として起こすコトはいとも簡単だ。 がしかし、最近の激務については捲簾から聞いているし、此処まで気持ち良さげな様子を起こすのは少し気が咎める……。 は苦笑して、天蓬の顔に掛かった髪を払い、眼鏡を外した。 「足が痺れたら文句言ってやる」 その声は酷く穏やかなモノだった。 「オ〜イ、天蓬〜。が此処に……」 が部屋を訪れてから何十分か経った頃、捲簾は同じように其処を訪ねて行った。 そして、ノックもなしに部屋に入った彼の眼に飛び込んできたのは、半分本に埋もれている天蓬――ではなく。 「あー、捲簾。何かよぅ……」 「手前ェ、天蓬!何してやがる……っ!?」 の膝枕。 あまりの光景に、一気に沸点を飛び越えてしまった。 自分だって密かどころか大っぴらに狙っていたというのに、ちゃっかりと堪能している天蓬に怒りが込み上げる。 しかも、すやすやと気持ち良さそうだから、 捲簾は青筋を浮かべながら、から彼を引き剥がす。 すると、此処でようやく天蓬の硬く閉じていた眼が開いた。 「……突然何ですか、捲簾」 「何、じゃ……?」 不意に捲簾は言葉を切った。 そして、天蓬がその様子を不可思議に捉える前に、は笑って彼に声をかける。 「私はもう帰るよ。天蓬、後で何か面白い本……そうだな。小説か何か持ってきてくれないか」 「え?ああ、はい」 「ありがとう。じゃあ、また後で」 いつもより機嫌よさげなはそう言って部屋を出て行った。 その様子を男二人は黙って見送っていたが、捲簾はすぐに天蓬に視線を移し、じっと彼の端正な顔を見つめる。 「捲簾、人の顔をじろじろと見ないで下さい。気持ち悪いじゃないですか」 「…………」 「捲簾……?」 段々ととは反対に機嫌が急下降していく天蓬。 すると、気が済んだのか、捲簾は天蓬から身体を離して背中を向けると。 「ブッ……」 景気良く吹き出した。 様子を見守ると、どうも肩を震わせて大爆笑をしているらしい。 「捲簾……」 「いや……だって……おまっ!」 「僕だっていい加減怒りますよ?」 やたらと冷たい風を感じ、捲簾は必死に息を整えながら口を開いた。 「ククッ……鏡、見てみろ……って」 憮然とした表情で言われた通りしぶしぶと鏡を覗き込むと、其処には白い見慣れた顔と。 『万年寝太郎、少し重いぞ』 という、綺麗なマジックの言葉だったという。 「私の膝で寝るのは高くつくからな、二人共」
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