Obstinate







「……困ったなァー」


イマイチ感情の篭っていない声で私はそう呟いた。
今日は天気の神様が謀ったのか、バケツの水を引っ繰り返したかのような雨が6時間目辺りから振り出していた。
そして放課後の今、私の目の前には雨、雨、雨……。

夏の雨は気持ち良いから嫌いじゃないですよ?
でも、天気予報を無視して降るのはどうかと思うんだよね。
だって傘なんて持ってきてないんだもん!

今日は親友であり、従兄の三蔵お兄ちゃんの彼女でもある ちゃんに漫画を貸して貰っていた。
教科書ならまだ濡れたっていいけど、借り物は……、ねェ?
今まではリュックが頑張ってくれていたのか教科書も濡れたコトなんてないけど、今日もそうだとは限らない。
万が一ってコトもあるので私は立ち往生を強いられた。
がしかし、待てど暮らせど雨は止む気配をみせず。
……こういう雨って一気に降って一気に止むものじゃなかっただろうか。

リュックを信じて走って帰るか。
それとも後が恐いけどお従兄ちゃんを呼んで送ってもらうか。

と、そんなコトを考えていると、目の前に突然一本のこうもり傘が差し出された。


「?」


キョトンとしてそれが出てきた横を見てみると、背が高い紅髪の男子生徒が立っていた。
人目を引く容姿に、一瞬目が釘付けになる。
だからだろう。私は次の一言にまるで反応できなかった。



「コレ、使って帰れよ」



「へ……?」
「じゃな」
「ちょっ!?待っ……!」


思わず間の抜けた声を出してポカンと見上げていると、 彼は顔も見ずに私の腕に傘を引っ掛け、どしゃ降りの雨の中走り去ってしまった。


「行っちゃった……。あの人って……?」


……見覚えは、かなりある。
確かお従兄ちゃんの友達で。
目立ってて、いつも女子をナンパしてる人で。
ちゃん曰く『ヘタレエロ河童』。
えーっと、沙 悟浄先輩だっけ?
うん。多分そうだ。
あんなに目立つ紅い髪をしている人は、この学校には一人しかいない。

で、問題はどうしてそんな人が見ず知らずの女子に、一本しかない傘を貸してくれちゃったのかってコト。
自分がずぶ濡れるって分かってただろうに。



―――どうして?



幾ら考えても他人の、しかも初対面の人間の思考回路が分かるハズもなく、 とりあえず『女子に優しいらしいからだろう』というコトにしておいた。
がしかし、無理矢理貸されはしたものの、この傘を使うかというと少し微妙だ。
別に何かの罠じゃ!?なんて考えるほど殺伐とした日常は送っていないけれど、なんていうか、戸惑いが大きすぎる。
嗚呼、でもそろそろ家には帰りたい……。

そんなこんなで、この傘を使うべきか否かしばらく考えていると、幸か不幸か空に晴れ間が覗き、雨も小雨になってきた。
ゆっくりと回復していく天候に、雨の中駆けて行った背中が鮮やかに思い出される。

先輩が飛び出した時はピークだったのにね……。
ひょっとして運がない人だったのかな??

そんな失礼なコトも考えた。
でも、なんだろう。
無理に傘を使わないでも良い状況になったためか、私の心は随分と軽く。
明日になったら、あの人に逢いに行こう、そんな気持ちになった。
無理矢理の苦情と、厚意のお礼を。
素直に素直に、言いに行こう、と。

そして、雲はドンドン東に流れ、気づけば雨が降っているのかいないのかよく分からない天気になった。
結局、私はあの傘を使うことなく家に帰れたのだ。







そんなこんなで知りあった私達は、何時の間にかよく話をするようになり。
自分でもよく分からないうちに彼の呼び方が変わって――……。
世間一般で言う『彼女』なんてモノになったのは何時だったのかな?



『赤い糸で結ばれている』なんて、そんなの思ったコトもないけど、案外運命ってこんなものなのかも?


デート当日。
突然の通り雨にあの日を重ねていると、向かいの席から声が掛かった。
どうやら私は想い出し笑いをしていたみたいで、『彼氏様』は不思議そうな表情カオをしている。
そんな表情カオを『妙に子供っぽくて可愛い』なんて思ってしまったのは秘密。

ソレから少しして、何だかゴジョさんが意識を飛ばしてしまったので、コッチに意識を向けさせようと頬を突っつき、遊んでみる。
一瞬憮然とした表情を作られたが、彼はすぐに機嫌よさそうに笑って席を立った。
仕返しとばかりに器用にウインクを飛ばしながら、手を差し伸べて。
恥ずかしさの余り、私は自力で立ち上がって悪態を吐くけれど。
でも、あの嬉しそうな顔からして、効果はあまりなかったみたい。

悔しかったので、『男のメンツ』とかいうモノが立たないようにワリカンで会計を済まして店を出る私。
納得のいってない表情カオをしているのが手にとるように分かるけど。
でも、いつだって私はこうしたかったのを、貴方は知っているだろうか。
……借りなんて作りたくない。



―――貴方と対等でいる為に。



可愛げのない私の可愛くない強がりを、どうか好きに言わせて下さい。
本当はただの照れ隠しだから。
素直じゃない私の素直じゃない愛情表現を、どうか否定しないで下さい。
本当はただの甘えなのだから。

時々、天の邪鬼な自分を直したいと思いもするけれど、どうしても上手くいかない。
結局、その後も、傘を持ってくれたのに素直にお礼が言えなくて、悪態ばかり吐いてしまった。
が、軽く自己嫌悪すら起こるソレに、しかし、ゴジョさんは楽しそうに合わせてくれた。
そのことが嬉しくて。嬉しくて。
気づけば、何処かの番組でやってた夫婦の話を持ち出して、私は思わず口を滑らせていた。


「いっつも言ってると信じてなんかあげません」


大好きだから。
ゴジョさんが大好きだから、私はそれを言葉にできない。
その想いに、名前をつけることが、とてもじゃないけどできない。
それなのに、貴方は言ってしまうから。
ソレが、時々無性に不安を煽る。

言うつもりのなかった弱音。
ふざけまじりのソレは、けれど、掛け値のない本音だった。
すると、その言葉に。
ゴジョさんはイタズラを思いついた子供みたいな笑顔を一瞬見せたかと思うと、少し身を屈めてこう言った。


「毎日じゃなかったら信じてくれるんだ?」
「っ!」


気付いて貰えて嬉しくて、でも気恥ずかしくて。
自分でも真っ赤になってるのが分かって俯くと、ゴジョさんが困ったように頬を掻いているのがなんとなく伝わってきた。

少しだけ……、素直になっても良いのかな?



「……今でも信じてますよ」


いつも優しくて、私以外の人とはお付き合いしなくなったのも、私、知ってます。
だから、冗談めかしたその言葉を馬鹿みたいに信じてるんです。
言われると、とっても嬉しいんです。 本当に本当に、嬉しいんです。
でも、あまりに言われていると、嘘じゃないかと臆病な私は思ってしまうから。
だからソレを大切にして下さい。
安っぽくなんて、ならないように。

一世一代の決心で言った言葉だったけれど、小さすぎて彼には届かなかったらしい。
そして、そんな恥ずかしいセリフを訊き返してくる配慮が足りない彼を置いて、私は走り出した。
後ろでちょっと慌てた声がするけれど、映画館までもうすぐだから。

あの日の貴方みたいに雨の中を走ろう。

時々なら私も頑張って言いますから。
今はまだ恥ずかしくって小さな声でしか言えないけど。



―――いつか貴方に『スキ』をあげる。







―作者のつぶやき♪―

「Good natured person 」の続きというか、補足文章。
「Good natured person 」は中途半端な終わり方だったので、二人の出会いとヒロインさんの心情を書いてみたっぽい。
まだこの頃は文章それなりに短かったんだなぁ、と感慨深いものがありました。
がしかし、文章があれすぎてあげない方が良かったかもしれないとか思ってる自分がいる。

【む 結び目】で『Obstinate ―意地っ張り―』でした!悟浄.verに戻るヒトは↓から。