女―三蔵.ver― 「……チッ。オイ、急げ!」 信号が点滅したのを確認した貴方は、そう言って走り出した。 他にも横断歩道を渡り切ろうと走っている人達がいる。 手も繋いでくれない貴方に追いつこうと頑張って走ったけど、ふと思った。 思ってしまった……。 どうか、教えて。 私は貴方に選ばれたの―――…? 今、私がここで立ち止まったら、貴方は気付くかしら? 気付いてくれるかしら? ……いえ、分かってる。 無理。 貴方はどんどん先に行ってしまうもの。 どうか、答えて。 私は貴方と一緒にいて良いの―――…? 『愛してる』も『スキ』も言われたコトがなくて、名前もロクに呼んでくれなくて……。 これは付き合っていると、言えるの? 私が貴方に付き纏ってるだけじゃない? 私は貴方の枷ですか? 必死に足を速めて、必死に手を伸ばして、必死に、必死に、必死に……。 「もう……、駄目」 分かった。 疲れたわ。 貴方をもう、放してあげる。 私ばかり貴方がスキみたい……。 『スキ』の呪縛から、放してあげるわ。 足が、止まる。 それこそ道路の真ん中で。 ねェ、気付いてよ。 って呼んで、振り向いてよ。 お願い。振り向かないで。 私の、手を取って下さい……。 そのまま行って下さい……。 けれど、言葉にしない願いは届くハズもなく。 貴方の背中はもう、遠ざかって他人の群に紛れ込んだ。 コレで、ようやく諦められるわ。 信号が血の色に染まる……。 振り向かれたら、諦められなかったと思うの。 貴方が後ろなんて見ないのは知っていた。 分かっていた。 貴方は前しか見ていないもの。 前だけを見ていてくれて、ありがとう。 でも、それでも気づいて欲しかったの。 気付かないでいてくれて、ありがとう。 私は三蔵の『恋人』になりたかった。 『付き人』なんて冗談じゃないのよ? 出来るコトなら、そのまま気付かないで。 「っ!!?」 そのまま忘れて下さい……。 愛しい貴方の幻聴が聞こえる……。 私と貴方は自由になるの―――…。
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