――いや、悟浄のこと愛しちゃった覚えはないんだけど。




と僕とのからまわり





キョトン、とした彼女がそう言い放った瞬間、俺は叫んで目を覚ました・・・・・・


――っ!!
…………………………………………あ?」


寝ぼけ眼であたりを見回して。
まだ上手く回らない頭で状況確認。
自分が今までうなされていたらしい事を、誰かに言われるまでもなく気付いた。
まぁ、そんなもん教えてくれる人間なんてここにはいやしないのだが。
よくよく見てみれば、いやぁ〜な感じに冷や汗をかいて、布団がしっとり湿ってしまっている。
冬の朝特有の冷たく乾いた外気が、布団から出た俺の体温を容赦なく奪っていく。
嗚呼、いや。
まだ外は暗いから、朝ではないのかもしれないが。
思わず布団に逆戻りしながら、傍らに置いてある携帯電話で現時刻を確認してみる。

AM 4:13。
夜と言うには遅くて、朝と言うには早すぎる、びみょ〜な時間だった。


「……夢オチかよ」


掠れた声が思わず洩れる。
でも、夢で良かったと思う自分がいたのも確かだった。

俺の彼女は、俺に対してスキだの愛してるだの、そんな甘ったるい言葉を言わない。
恥ずかしい、とかじゃないんだろうが。
今まで相手をしてきた女は皆、言葉やら身体やらで俺を繋ぎ止めようとするようだったのに対し、かなり淡白だ。

べたべたしない。
媚を売らない。
ただただ、自然に傍に居る。
けれど。


「……そんなんじゃ足んねぇっつの」


だから、最近不安になる。
こんな夢を見ちまうくらいに。
だって、オレはそんな女、今まで逢った事がなかったから。
どう対応したら良いのか、分かるはずもなかった。

は元々、ぼうっとしただが、俺に執着がないんじゃないかと邪推してしまう。
そもそも、告白だって俺からだったし。
それに対する答えも、「うん」だったし。
……あれ?俺ら付き合ってんだよな?
そりゃあ、かなりきれーな関係だし?
デートだって、数える程しかしてないし?
そのデートだって甘い雰囲気皆無だけどよ。
付き合ってんだよな??
俺の妄想とかじゃないよな?


「……ちっ」


そんなことを考え出したらキリがなく。
布団の中で随分長いこと唸っていた。
本人に訊きゃイんじゃねぇ?って思い立ったのは結構前だが。
どう訊きゃ良いんだよ、ンなこと。

「言葉がないと不安だから、スキって言ってくんねぇ?」?

いやいやいや。ないない。そりゃあ、ない。
ンな格好悪ぃこと言える訳ねぇっつの。
どこの恋する乙女だよ、そりゃあ。

言葉がないと不安だなんて、自分が言われた時はこいつウゼェ!って感じだったが、 自分の身になってみると、結構きついことに今更気付いた。
の場合、キスとかそういう分かりやすい形での行動もないから尚更だ。
思わず、今まで付き合っていた女達の顔が走馬灯のように駆け巡る。


「…………」


……今まで悪ぃことしちまってたな。悟浄はんせー。
あー、どうにかスキって言わせる手、ねぇかなー?
綺麗だの何だのはよく言われんだけどな。

布団の中で大の男が彼女を思ってグダグダ悩む図――
端から見ていると薄ら寒いものでしかないそれだったが、見ている人間もいないので、とりあえず良しとする。

が、それから数十分もゴロゴロ寝転がりながら考えていると、段々と面倒になってきた。
元々、俺は考え込むのが苦手な性質タチだ。
基本的には行動あるのみ!
悩んでも、結局答えなんか出ない問題には取り組むだけ時間の無駄だ。

正直眠いしよー。
今日は彼女が家に来るのだから、寝不足など持っての外。
この問題は、彼女を目の前にしてから改めて考えようと決めると、俺は徐々に訪れる睡魔に身を委ねた。







そして、現在に至る。

目の前には愛しい彼女の横顔。
微かに香るのは、彼女愛用のシャンプーの香りだろうか。
見慣れた自分の部屋のはずなのに、がいるというだけで新鮮味が出てくるのが酷く不思議だった。

学校もない日曜の午後、彼女は今、俺の部屋で少し前に話題になった映画を観ている。
内容は恋愛系なんだけど、映像美で散々褒めちぎられていた奴だ。
分野は違えど、芸術関係の学校にいっている俺らだ。興味が湧くのは当然で必然。
そう。俺だって興味はあるのだ。
でも。
今日見た夢のせいで、その内容はまったくちっとも頭に入ってこない。
というか、観る気すら起きない。
俺の意識は、目の前の存在にだけ集中していた。

容姿は、並以上芸能人以下。
特別スタイルが良いわけじゃあないが、悪くもない。
性格はいたって温厚。
ただし、基本的に表情が動かないので、誤解を受ける事多数。
本当は、誰よりも人の心の機微に聡く。
誰よりも人が好きなのに。

来る者拒まず去る者追わずのスタンスを貫く女。
普段の俺ならまず相手にしないような女。
でも。
ある日柔らかく微笑まれたその表情に。
気付けば目線は彼女を追っていて。
スキになったのは、いつからだろうか……。

そんな風に出逢ってからの日々をなんとはなしに想い返しつつ、を見つめる。
穏やかにテレビに見入る彼女は、じっと自分を見続けてくる俺の存在に気付く事がない。
そんだけ映画に夢中って事なんだけど。
まぁ、俺としちゃー、ちっと面白くない訳で。
思わず、手が伸びる。


「…………」
「…………」
「…………」
「…………」


真っ直ぐに前を向いていたの頭を、俺の肩に持たれ掛けるように傾けてみたが、彼女は無言のままだった。
それどころか、こっちに目を向ける事さえせずに、そのままの状態で映画を観続けている。

……いや、無言かよ!
もうちょいこー、リアクションとか?
「なに?」とかの一言があっても良いんじゃないかと思う訳だ。悟浄さんとしては。

なんともあっさりとした対応に、思わず溜め息が洩れる。
……寧ろ対応すらしてない、って事実はこの際、無視だ。

映画を観ようと、彼女を部屋に誘ったのはもちろん、俺自身だ。
その為にわざわざ少し離れた所までバイクで行って、彼女が観たがっていたDVDを借りてきたのも、もちろん俺だ。
でもよ?
俺が期待してたのは、もっと和気藹々としゃべりながら映画を観る図だったんだっつーの。
なにが哀しくて、愛しい彼女と無言で隣に座るなんつー苦行をしなければいけないのか。

『あわよくば彼女と良い雰囲気に陥って、映画顔負けの情熱的なキスをしよう』

という彼女を誘った当初の目論見は、どうにも成功しそうにないようだった。


チャーン」
「……んー?」


とりあえず、こっちを見て欲しくて呼んではみるが。
返ってきたのは、残念ながら生返事。

普通にちょっと哀しくなってきたんデスケド。


「あのさー」
「んー」
「俺ちょーっと口寂しいんだけど」


そのまんま「構ってくれなくて寂しい」などとは言えず、近いようで遠い言葉を口にする。
こんな時、妙なプライドって奴は邪魔臭い。
こういう自分もアリっちゃアリだと思うが、毎度後悔してしまうのだから救いがないと思う。

そして、口にしてしまった手前、他にどうしようもなくて、俺はの反応を待った。
今の言葉をがどういう風に解釈するかが、酷く気になる。
普通に煙草がなくてアレだと取るのか。
それとも、キスしたいという遠まわしな要求だと取るのか。
個人的には後者を希望するが、まぁ、彼女の事だ。
きっと前者だろう。

が、しかし。
そんな予想を裏切る行動に彼女は出た。


「そう?なら……はい」


即ち、俺の手に飴を握らせるという行動に。

…………。
……………………いや、うん。
そうじゃないのネ?悟浄さんが求めてたのは。

素直ーに俺の欲求を満たそうとした彼女に、愛しさと同時に脱力を覚えた。
とりあえず、貰った飴を口の中に放り込む。
……いちごミルクだった。正直、俺には甘ったるい。

厚意は受け取るが、すれ違う好意に思わず大きな溜め息が洩れる。
すると、先ほどとは違い、今度こそ彼女は俺の方を見た。
その目は訝しげに細められていて、せっかくの可愛い顔が台無しだった。
ホラ。目を細めると目付き悪くなんじゃん。


「どうしたの?さっきから溜め息が多いけど」
「いや……まぁ、ちょっと?」
「ひょっとして、今日何か都合悪かった?それなら言ってくれれば良かったのに」


言い淀む俺に、は困ったように眉根を寄せた。

普段、無表情に見えて、実は素直な反応をしている事に気付いたのは、結構前の事だ。
自分以上に人付き合いの下手くそな彼女が、それこそ馬鹿みたいに新鮮で可愛く思えた。


「違ぇって。が心配するような事はなんもないの」
「そう?それにしてはさっきから落ち着きがないみたいなんだけど」
チャンの気のせいじゃねぇ?」
「…………」


俺の言葉に、彼女は「んー」と首を傾けて考え込む。
気がつけば、観たいと言っていたはずの映画の画面は全く観ていなかった。
そんな些細な事でも嬉しく感じるなんて、前の俺じゃあ考えられなかったなと、ひっそり思う。

そして、数十秒考えた後、何でもない事のように彼女はこう言った。


「私が悟浄の様子、間違える訳ないんだけどなぁ……」


その言葉に、俺がどれだけ鼓動を早めているのか知りもしないで。


「うん。やっぱり今日の悟浄はおかしい」
「あのね……。彼氏に対しておかしいってのはないんじゃねぇの?」


このセリフを言うのに、俺がそれだけ緊張してるのか知ろうともしないで。



「私の彼氏なんだから、おかしいのは元々なんだけどね。
でも、今日はやっぱり普通じゃない。おかしいよ、悟浄」


そんな嬉しい事をさらっと言ってくれる、彼女。
嗚呼、本当にグダグダ悩んでた俺が馬鹿みたいだ。


「おかしくねぇって」
「おかしいよ。いつもより構ってもらいたがってるもの。でも、そのくせ今、微妙に距離は遠いし」
「気のせいだろ」
「目を合わせようとすると泳ぐし」
「偶々じゃねぇ?」
「かといって、人が見てない時はこっちずっと見てるし?」
「…………」


気付いてたのかよ、と思いながら、図星を指されすぎて言葉が徐々に出なくなっていく。
彼女の観察眼をなめていたつもりはなかったが、どうも結果的には過小評価していたらしかった。


「これはあれかな……。キスをしたいっていう無言の訴え?」
「…………っ」


そして、続くその一言に、彼女の勘も馬鹿みたいに鋭い事を知った。

そう、彼女は別に鈍い訳でもなんでもないのだ。
どっかのウゼェ女共みたいに、カマトトぶる訳でもない。
ただ、今まで披露する機会がなかったから、言わなかっただけ。
だから、相手がそういう事を望んでいるのだって分かるし、変にそれに気付かないふりをする事もない。
……まぁ、それを直接本人に訊くのはどうかと思うが。
こういう男女としての付き合い方をよく知らない彼女の、些細な失敗という事にしておこう。


「……普通、そういう事は口に出さなくない?」
「そう?で、どうなの?正解??」


くりっとした瞳が、逸らした俺の目を追って覗き込んでくる。


「……正解みたいだねぇ」


そして、満足げな笑みが花開いた。
まぁ、バレバレなのは仕方がない。
何しろ、俺の顔はユデダコもびっくりな位の勢いで紅く染まっていたのだから。
髪と瞳の色も相まって、首から上は完全に真っ赤だ。

大の男が赤面しても、可愛くもなんともないっつーのに、何で俺こんな目に遭っちゃってんの?
え、何、イジメ?
イジメデスカ、サン。







そして。
自分が正解した事がよっぽど嬉しかったのだろう機嫌良さそうに笑み崩れていた彼女は。
愛用している一眼レフのカメラを取り出すと、俺が赤面しているところを承諾もなくパシャリと一枚。


「……何してくれちゃってんの?」
「うん?悟浄を撮ってるの。可愛くない?」
「……それ、他人に見せたらマジで切れるかんな」
「折角良い写真なのに勿体無いなぁ……」


少し残念そうにしている彼女だったが、しぶしぶとカメラをしまった。
まぁ、約束は守る方だし、どっかの誰かさん達とは違ってデリカシーもある人間なので、これでこの恥ずかしい写真を公開される事はないだろう。

そして、その事に安堵している俺に対して、彼女はまたも「んー」と首を傾けながら、こう言った。


「良い写真も撮れたし、モデル代って事でキスしようかな」
「……はい?」
「はい、どうぞ」


その言葉の意味を俺が理解するよりも早く、彼女はまな板の上の鯉よろしく、瞼を下ろして顎を上げた。
まぁ、いわゆるキス待ち体勢?

………………。
……いやいやいやいや。
え、ちょっ……。
何だよ、この状況っ!?
キスってこういう風にするもんだったっけ?
……絶対ぇ違うだろ!
こんな、「はい、どうぞ」って言われてヤルもんじゃねぇっつの。
据え膳食わねば男の恥って言うけれどもっ!
コレは、絶対ぇおかしいって!!

ゴクリと生唾を呑んで、この微妙な状況に耐える。
が、でもやっぱり俺も健全な青年男子な訳でして。
それになにより、彼女の方からのお誘いってのがデカイ。
まさかこんな直球でくるなんて思ってもみなかったが。
まぁ、彼女が待っててくれるんだから、ここは応えなきゃ男が廃るってなもんデショ。

まさに渡りに船とばかりに、緊張しながらの細い顎に手を添える。
今まで意識もしないでやっていたので、改めてやろうとするとどうしてもぎこちなくなるが。
まぁ、そこは仕方がないと諦めて。
彼女の気が変わらない内にと、顔を近づけた。

きめ細かい、綺麗な肌。
羽のように軽く長い、睫毛の一本一本。
そして、何より淡く色づいた柔らかそうな唇。

それらが息のかかるほど近くにあって。
覚悟を決めたそのとき。


ぱちっ


「そういえば、こういう時って目はつぶるものだよね?それとも開いてた方が良いの??」


物凄い至近距離で彼女が目を開けた。


「〜〜〜〜っ!!!」







デリカシーはあってもムードのない彼女に。
俺が手を出せるのは、また、少し先のお話。


「どうなの?悟浄」
「……とりあえず、つぶっときゃイイんでない」







―作者のつぶやき♪―

この作品はキリバン2500hitを見事に踏み抜いた恵子さまに捧げます。
はい。という訳でお送り致しました、ヘタレ悟浄夢(笑)いかがでしたか?
ちゃんとヘタレてますかね?悟浄さん。
とりあえず「ヘタレ〜ヘタレ〜」って言いながら書いたんですけれども。
ちょっと旅行を挟んだりなんだりで遅くなってしまいまして、申し訳ございませんっ!
そう、リクエストは『とにかくヘタレ悟浄で!』というものでした。
現代パラレルなのは、恵子さんが当サイトの連載『Life is〜』が好きだとおっしゃっていたので。静流が勝手にそうしました。
前のサイトから来て下さっている恵子さんには、どうにもヘタレな悟浄さんのイメージが強かったみたいですね(笑)
設定を決めるまでは時間がかかりましたが、書き始めてからはノンストップで書き上げてしまいました。
うん。ヘタレな悟浄さんが素敵だと思います☆

以上、2500hit記念夢『君と僕とのからまわり』でした!
恵子さんのみお持ち帰り可です。
いつも応援ありがとうございます!これからも亀の歩みのサイトですが、どうぞお楽しみ下さいw