「何故だ……なにがどうなってこうなった」 「いや、言いたいことも物申したいことも色々あるんだが、とりあえず、それは俺のセリフだ」 不機嫌そうに眉間に皺を寄せた、神秘的な黒髪美少女が隣に歩いているこの状況。 「何言ってんだ!どう考えたってシリウスとデートしなきゃいけないあたしのセリフに決まってんだろ!?」 「……それは俺に喧嘩を売ってるんだな?間違いないな?」 相手が女装した=(♂)でなければ、こんな美味しいシチュエーションなかったのに!! Phantom Magician 〜デートの心得〜 思い返すも忌々しい、それは数日前の出来事だった。 「リーマス!今度のホグズミード、僕と一緒に行こう!!」 「、寝言は寝て言うものだよ?知ってた??」 「……っ!冷たっ!でも、僕はくじけない!!」 「……はぁ。人間、挫折も大切な経験だよ」 談話室で、今日も今日とて馬鹿なことをほざくを、リーマスがすげなく断っていたのが発端である。 だが、それは今年から恒例になった、いつものことだった。 それが、こんな思いもよらない事態に発展するなどと、当事者ですらなかった俺に分かるはずもないだろう。 「絶対一緒のが楽しいよ?行こう?行こうよ、リーマスぅ〜!!」 「へぇ、『絶対』に僕の知らない意味があったとは驚きだな。 一緒に行きたいなら行けば良いんじゃないかな?僕じゃない誰かと」 あー、またやってる。飽きもせずによくやるよ、と思っていた。 「僕はリーマスと一緒が良いんだよ!」 「そう。僕は君以外とが良いんだ。気が合わないね」 「〜〜〜〜〜〜!?」 リーマス相手なら、こいつもこんなに大人しくなるのになぁ、と溜め息すら吐いていた。 ホグズミードか……。そういえば、まだ今回の相手を決めてなかったな。 スーザンかシャロン、嗚呼、ジェーンからも誘われてた気がする。 この前はエミリーだったから……スーザンはないな。似たりよったりで面白くない。 なら、今回は……シャロンが良いか。あいつ胸デカイし。 ジェームズ達とゾンコに行くのも楽しそうだが、 ピーターが課題が終わらないと悲愴な表情をしていたから、行かない可能性の方が高そうだ。 まだ見ぬ、数日後のお遊び。 そんなことに想いを馳せていた俺は、だから、突然のの発言に目を剥いたのだった。 「じゃあ!じゃあ、リーマスは僕がシリウスとかとイチャイチャしても良いって言うのか!?」 「はぁっ!?なんで俺をそこで出すんだよ!?」 「お前以外に評価最低のデリカシーなし男がいないからだろ!」 あまりにも聞き捨てならない一言に反射的に怒鳴り返す。 だが、あれは怒鳴るだろう。どう考えたって怒鳴らずにはいられないだろう!? なんの因果で、この女に不自由したこともない自分がゲイの馬鹿とイチャイチャ!? ありえなさすぎて、笑えもしねぇよ! がしかし、ぎゃーぎゃーと騒ぐ俺達に、天使のような微笑みの男はこう言い放った。 「ああ、良いんじゃない?お似合いだよ、二人とも」 「リーマス!?」 「…………う」 「シリウスも偶には良いんじゃないかな。の相手。面白いかもしれないよ?」 「いや、どう考えてもお前そんなこと思ってな……「うわぁあぁあぁあぁあぁーん! 浮気してやるぅうううぅー!!」 「「……は?」」 それが、この悪夢のような一日の始まり。 浮気もなにもお前リーマスと付き合ってないだろっていうかなんでそれに俺が付き合わされてるんだ。 ありえないだろ俺に死ねって言ってるのかそうだよな?間違いないよな? 「この前僕のこと押し倒したことチクるぞ」とか明らかな脅ししやがってこの野郎っ! 待ち合わせの最中、心の中を占めていた暗雲は決して晴れることがなかった。 思いだすのは、そう……1週間以上前のとある日のできごと。 この俺がホグワーツに手酷い裏切りを受けた、黒歴史。 (* 頂き物の「Phantom Magician special」参照) 嗚呼、本当に忌々しい。いや、もう思いだすだけっていうか、思い出そうとするだけで不愉快だ。 ……そもそも最初に俺を押し倒してきたのは向こうで、それに抵抗したはずみというかなんというか。 というか、あれは偶発的な事故だったんだ! 俺に男を押し倒す趣味はない。断じてない! すでに二、三回くらい押し倒してるとかいうのは、気のせいだ!! が、しかし、妙に人気のある奴のこと、そんなことポロリとでも洩らしたが最後、 嘘だろうがなんだろうがとんでもない噂が瞬く間にホグワーツ中を席巻するだろう。もう一度! そうなったら……考えただけで空恐ろしい。 あの時の周囲の反応――とりわけリーマスのそれは脳が思い出すのを拒否するほどのトラウマである。 だから、俺はあの世にもおぞましい事件を生涯口にしないことを条件に、奴の申し出を受けたのだ。 「…………」 だがしかし、この短い待ち時間に俺は自分の軽率さを心の底から呪った。 きゃっきゃと、通りすがり、こちらに羨望の眼差しを向けてくる女どもは、 俺が男とデートをするためにここにいると知ったらどうするのだろう。 天下のシリウス=ブラックが。 男と。 秋晴れの空はどこまでも青く澄んでいて。 今なら箒なしで空が飛べる気がした。 ……俺のなにがそんなに悪かったのだろう。 と、そんな遠い目をして悟りを開きそうだった俺に。 「シリウス」 アルトの心地好い声がかけられた。 「あ?」 やさぐれた気分そのままに、空を見ていた目線を少し下げてみる。 すると、そこにはマキシ丈の花柄ワンピースをさらりと着こなした東洋系の美少女が立っていた。 「!」 体格は華奢、という感じではなくむしろ健康そのもののようで。 少し日に焼けた象牙色の肌が、目に眩しい。 上品にカーディガンを羽織っているその肩は抱けばきっと芳しい香りがするのだろう。 そんな風に彼女は一目で分かる、上玉だった。 「シリウス?」 返事を返さない俺を訝しく思ったのだろう、綺麗に整えられた眉が顰められる。 が、問題なのは俺には彼女に全く見覚えがないことで。 こんな上玉、そうそう忘れるワケがないから、きっと酔った勢いとかそういう系の奴に違いない。 マリー?ケイティー?いや、ハンナ? 誰だ?っていうか、名前すら知らない女なんて腐るほどいるぞ? ぐるぐると、思考が迷路に落ち込む。 すると、そんな俺の思考を断ち切るように、黒猫が鳴いた。 ……って、黒猫? 『……どうやら、過去の女と勘違いされているみたいだね』 「「はぁ!?」」 何故だか少女と声がハモる。 いや、待て待て待て。ないだろ。それはないだろ。それだけはないだろ。誰か嘘だと言ってくれ。 もしくはドッキリだと言ってくれ。全力で俺が笑い飛ばしてやるから。今だったら許してやるから……っ! 「手前ぇ、シリウス。まさかこのあたし以外と約束してたんじゃないだろうな」 「…………」 「聞いてんのか、オイ。ヘタレ。魂抜けたみたいな表情してんじゃねぇゾ、コラ」 「…………」 「……シリウス?」 「……俺は今ほど死を願ったことはない」 「はぁ?」 どこぞのチンピラのような言葉遣いと態度に、 どう考えても、目の前の美少女が待ち合わせ相手だと悟り、俺は、うん。死にたくなった。 もしくは、目の前の細い首を絞めたくなった。 「どうしよう、目の前に危険思想パートツーがいるよ。 首締めたいとかぶつぶつ呟いてるよ。超怖ぇ」 『そんなに信じられないなら、眼球をくりぬけばいいのにね』 「…………」 『…………』 「……ねぇ、あたしの周りこんなんしかいないの?」 「はぁ。適当にお茶して帰るよ。 あんまり早すぎてもリーマス納得しないだろうし」 「…………」 とりあえず、デートには邪魔だろう、ということで猫を追い払い、 俺は何故かと腕を組んで街中を歩いていた。 正直、ここまでやる必要があるのかと思ったが、曰くあてつけという名の自虐らしい。 そこに俺を巻き込むな、との抗議はガン無視だ。 「それとも、ゾンコでも行く?あたしまだ行ってないから案内してもらうのも良いんだけど」 「…………」 ちろり、と話しかけてくるを見て、あらぬ方へ視線を投げる。 ちゃんと視線を送っていると、まぁ、はっきり言って俺は自分を抑える自信がない。主に殺人衝動を。 なんでなんでなんでなんで!こいつこんなに可愛らしい変装してんだよ!! 馬鹿じゃないのか、フリでこんな気合い入れんな! どっからどうみても女にしか見えねぇよ!着飾ってくんなよ、マジで!! ああ、絶対、今日は厄日とかいう奴に違いない。 人生最悪の日だ。 もちろん、下手な女装してる男とか、そのまま男と だからって、こんなイイ女が口説けないとか、ありえないだろっ! 「――ウス?シリウス?シリウス……」 「…………」 「…………」 「…………」 「……しゃべれや」 ゴスッ 「うぐっ!?」 と、俺が自分の思考に没頭していると、鳩尾に重い一撃が見舞われた。 思わずうめき声をあげて襲撃犯――を見ると、可愛らしい眉をきりり、と吊り上げて仁王立ちしている。 「不本意なのは分かるけどなぁ、こんな美少女が話しかけてるっていうのに無視すんなっつの」 「〜〜〜〜っ」 だから、美少女なのが問題なんだっつーの! 「確かに、シリウス好みのグラマラス美女にはなれなかったけど。 これでも悪いと思ってるから、精一杯お洒落してきたんだからな? それなのに、まったく。ちょっとはラブラブなフリしてくんないと……意味ないじゃんか」 「…………っ」 ちょっとは殊勝な言葉と表情に、一瞬、ぐらりと自分のに対する印象が傾きそうになった。 が、ぎりぎりのところで奥歯を噛み締め、踏み留まる。 いつものむかつく不敵な表情やら、普段の所業を思い出せ、俺! 断じて目の前にいるのはボーイッシュな女じゃない!女装した男だぞ!? 男と女で大分印象が様変わりしてるからって、ほだされるな!! そもそも、俺を巻き込んだのはこいつなんだから、俺を気遣うのなんて当然だろっ? 小さく唇を突き出してふてくされているに、これ以上黙っているのはマズイと判断し、 心の中で何十回も「落ち着け」と念じてから、不機嫌そうな低い声を出す。 「はっ、自分で美少女だのなんだのと言ってりゃ世話ねぇな。鏡見ろ、鏡」 「っ!煩いな、分かってるよ、ばーか!」 俺の言葉に一瞬、が傷ついたような表情をした気がしたが、それもぎゃーぎゃーと騒いでいる内に、 気が付けば忘却の彼方へと消えていった。 「はぁ、魔法薬まで飲んでなにやってんだか。お前、虚しくねぇの?」 「虚しいに決まってんだろ。訊くな、んなこと」 「まぁ、そりゃあ、そうだよな……」 日頃リーマス命と公言しているような奴が、別人とデートなんて満足するワケがない。 どれだけイケメンで紳士的で格好良い俺が相手であっても、だ。 俺にデートをしろと言ってきた時も、それはもう不本意そうに目に涙を溜めていたくらいだ。 泣くほど嫌なら、そもそもそんなこと言い出すなって感じだが。 リーマスが「へぇ?言ったからにはしっかり、きっちり、ばっちりデート、してきてね?」なんて言ったもんだから、 後に引けなくなってしまったのだろう。 「スティアにも呆れられるしさぁ。本当に、口は災いの元とはよくぞ言ったもんだよ」 「正直、あの猫は基本人を馬鹿にしてる気はするけどな」 「あ、分かる?そうなんだよ、ナルシストだし。基本俺様だし」 「お前以外には本気で懐いてないしな」 「えー、あれあたしにも懐いてんの?なんか微妙に違う気が……」 適当なその場しのぎの会話をお互いに続ける。 まぁ、打ち解けているとは言い難いが、普段が普段なのだ。十分頑張っていると思う。 そういえば、とそこで俺はと二人で話すなんて初めてのことだと気づく。 そして、同時に、ジェームズが前にしたり顔で、 「シリウスさえ突っかかってさえ行かなければ、大丈夫だよ」とか言っていたのを思い出した。 俺は、が気に入らない。 それはもう、気に入らない。 がしかし、最近では、が分かりやすい悪役なんかじゃないことも、分かってきている。 寧ろ、客観的に見たら、俺の方が悪役然としていることも。 けれど、今更どうしたらいいんだろう。 仲良くだなんて、まず無理だ。 そうするには、俺たちはお互いを攻撃しすぎてしまっている。 徐々にに対して態度を変えてきた他の連中のように、俺は器用じゃない。 だが。 「あ、あそこの店入ろう、シリウス。アフタヌーンティーセットがお得だって」 間抜けのように俺にまで無防備な笑顔を見せるこいつに、 いつまでも構えているのもなんだか馬鹿げている、そんな気がした。 + + Click + + + やっぱりショッピング + + そのままティータイム +
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