「あー、茶が美味い……」
「そりゃ、良かったな」


シリウスと二人で入ったカフェは、あまり込み合っていなかったにも関わらず、なかなかだった。
店内には落ち着いたジャズが流れ、魔法界の植物だろうか、 見たことのない観葉植物が風もないのにゆらゆらと葉を揺らしている。
流石イギリス、本場の紅茶の名前がずらりとメニュー表に並び、 若者向けにケーキも用意されていたので、あとは味さえ良ければ個人的には大満足だ。
通された席は窓際のため、外からばっちりこのデートの模様が見られてしまうが、 まぁ、シリウスといたら視線の多さなんて今更だし、日当たりも良いしで気にしないことにした。

ちなみにシリウスは、あたしがチーズケーキを頼んだのに対して嫌そうな表情カオを一瞬したが、 コーヒーが届いてからは機嫌も持ち直し、今のところ、奴との会話は比較的穏便に済んでいる。
が、そこに爆弾を落っことすのがあたしという人間で。
コーヒーが運ばれてきた時に、思わずボロリと不満の声を出してしまったりする。


「……やっぱねぇな。デリカシー」
「あ?」


と、当然聞き咎めたのだろう、シリウスの眉間にくっきりと皺が刻まれた。
だがしかし、紅茶好きとしては一言もの申したいっ!


「いや、だって紅茶頼んでる横でコーヒーなにも言わずに頼むとかさぁ……」
「なにもおかしなところはないだろ」
「紅茶の芳しい香りが、コーヒー来た途端にかき消されたんだよ!」


いや、あたしも紅茶狂いって訳じゃないから、別にコーヒー頼んだって良いんだよ?
あたしだって好きだよ、コーヒー。
でもさ、あたしの知ってるイギリス人ってのは紅茶文化を愛していて、 紅茶とコーヒー一緒に頼む時には一言断りを入れるもんだった訳だよ。
それなのに、本場に来てこうだから、なんていうの?


「裏切られた感じ??」
「……はぁ。お前、そんな女みたいに細かいことをグダグダと」
「そういうのを男尊女卑って言うんだよ、シリウス。
っていうか、あたし女だし」


ちょいちょい発言に差別意識が滲んでくるなーこの男。
きっとあれだな。今まで家柄と顔で寄ってくる女ばっかりだったから、 そういうのがいまいち修正されずにここまで来ちゃったんだろうなぁ。
……こういうのに限ってきっと、見てくれに騙されない女の子相手に苦労して独り身で過ごすんだぜ。

ふぅ、やれやれと、生温い同情の視線を送ると、睨まれた。


「……ああそうだな!今のお前は、な!」
「うっわ、刺々しい……」


そして、さっきより明らかに機嫌が下降したシリウスはムスッと窓の外に視線を送った。
嗚呼、あたしの馬鹿。
なんでこうわざわざ空気を悪くするようなことを……!
っていうか、さっきからひっそりと思っていたことなのだが、 なんだか、あたしがちゃんと女の子の格好をしてきたことが お気に召さなかったような空気を感じるのは気のせいだろうか。
男とデートしたなんて不名誉極まりないだろうと折角気を回したというのに、逆効果だったかな?
いや、でもさぁ。あたしたちラブラブデートしなきゃなんないんだよ?
男と男、それも日頃いがみ合っているって言っても過言じゃない二人がラブラブデート……。


「寒い。寒すぎる……っ」
「は?だったらスカートなんて履かなきゃ良かっただろうが」
「いや、そっちでなくて」


耳聡くあたしの呟きに反応したシリウスだったが、いかんせん心の中が読める訳でもないので、 話が全然噛み合っていなかった。
が、わざわざ説明するのも面倒だし意味ないし、と思った瞬間、 素敵にギャルソンを着こなしたおじさまが、待望のチーズケーキ片手にやって来て下さったので、 あたしはあっさりとその話題を放置することにした。

コトリ、と目の前に差し出されたそれに、思わず歓声が漏れる。


「うわぁ!美味しそう……!」
「……またそんな甘ったるそうなもんを」


見た途端に甘いものが駄目なシリウスは大いに嘆いたが、 陶器のように滑らかな光沢を放つ白いレアチーズの上に、 宝石のようにキラキラとゼリーで包まれた各種ベリーが載っていて、そりゃあもう美味しそうだった。
(それにチョコケーキでないだけ随分マシだと思う。だって匂いっていったってあくまでチーズだし)

わくわくとフォークでケーキに入刀する。
すると、下にクッキー生地があったのかサックリとそれはもう素敵な音がした。
そして、そっと舌に載せれば、見た目通りのしっとりした口当たりと芳醇な甘みに思わず頬が綻む。


「いと美味しw」
「…………」


ああん、駄目!なにこの舌触り!?
甘さ控えめで、酸味の利いたベリーとの相性も抜群すぎる!
久々にキタね!これは!!
こっちの食べ物って悉く脂っこいから、最近あんまし食欲沸かなかったんだけど、 これは美味い!幾らでも入っちゃいそう……っ
え?カロリー??そんなの気にしちゃ駄目駄目!
女の子のお腹には別腹という名のブラックホールが控えているのさ☆

あまり大きなサイズのケーキではないので、ちまちまと一口ずつ慎重に、味わって食べる。
すると、あんまりあたしが幸せそうにしているためか、 しばらく無言だったシリウスが何度かこっちに視線を寄越してきた後、 おそるおそるといった様子で口を開いてきた。


「そんなに美味いか……?」
「うん!もう最近食べた中でベスト3に入るね、これは!」
「甘ったるそうな、それが?」
「えー、これそんなに甘くないよ。ベリーソースだし」


そう、なんといっても決め手はこのベリーソース!
ラズベリーにブルーベリー、ブラックベリー、おまけにアカスグリまで入っている彩り良し、味良しの一品である。
よくさー、ファミレスとかでもベリーのデザートあるけど、あれって冷凍じゃん?
もう、それと比べたらね!雲泥の差だよね!!

と、そんな感じで熱くこのケーキの美味しさを語り、一番美味しそうなベリーたっぷりの部分をフォークですくい上げる。


「見た目も綺麗だよねぇー」
「…………」


そして、うっとりと見惚れた後、いざ口に!と思ったその瞬間。
ぐいっとされて?


「へ?」


ひょいっとなって?


「……ん」


ぱっくん……?


「……まぁまぁだな」
「…………」


あたしの手元にあった一口のケーキはブラックのホールへinしました。

…………。
……………………。
………………………………………………………………。



よかろう。戦争だ。



喰われたフォークを机にわなわなと置き、あたしは唸るように声を振り絞った。


「……お前、一体なにしてくれちゃってんの?」
「?なにって味見だろ??」


がしかし、あたしの出す危険な信号にはまるで気づかないのか、 シリウスはふっつーに返してきた。
自分のしでかしたことの大きさにまるで気づいていないようだった。
というか、「はぁ?なに当たり前のこと訊いてんだコイツ?」って思ってそうな見下し目線である。

そうか、そっちがその気ならこっちにも考えってもんがある!


「そんなことやってるから彼女とトラブルが絶えないんだろうがっ!
D.Jとかステフとかミシェルとか、相談されるあたしの身にもなれ、この野郎!」


声高にびしぃっと指を突きつけて指摘する。
くれって言うんじゃなくて、女の子の腕引き寄せてケーキ食べるとかお前に羞恥心はないのか!?
なんだよ、この強制イベント!その気ないあたしだってどっきりしたじゃないか!!
そうやって純情な乙女をおいしく頂いてきたんだな?そうなんだな!?
っていうか、食べた後、舌ちろっと出すとか、エロいわぁあぁあぁ!

がしかし、言われた側は珍しくきょとん、とあたしの激昂に目を丸くしていた。


「は?女相手にこんなことする訳ねぇだろ」
「はあぁ!?」
「誰かに見つかったら間違いなく面倒なことになるし、 相手もそれで変に浮かれるしな。基本ジェームズとかとしかやらねぇよ。
……はぁ。でもコイツ今女になってたんだよな。
っていうか、ゲイ相手になにやってんだ、俺は。ああ、くそ、調子狂う……

「っ」


ぼそぼそと言い訳めいたことを呟くシリウス。
……でも、調子が狂うのはこっちの方だ。
普通に考えても、食べ物を共有なんて、それなりの仲になっていないとできないことだ。
それなのに。
ジェームズとか――親友たちとしかやらないことを、あたし相手にも普通にした?
しかも、次の瞬間に見せた、あの表情。
しまった、とでも言いそうな表情カオをした後、そんな照れ隠しみたいに目を逸らされて。


「〜〜〜〜〜っ」


怒っていられるだけのメンタルは、あたしには、ない。

がしかし、状況が状況だけに、喜ぶような場面でもなくて。
え、っていうか、なにこの状況?
本気であたしどう反応したら良いの、ちょっと。
沈黙苦しいんだけど!待って待って待って、頼むから黙んないで!

と、照れるシリウスにこっちまでカーッと顔が火照りだし、気づけばあたしは妙なことを口走っていた。


「お前、男相手に『はい、あーんv』とかやってんの!?」
「ぶはっ!?」


で、シリウスはあたしのあんまりな形容にコーヒーでむせ返った。
気道にでも入ったのかそりゃあもう苦しそうにせき込んでいる。
涙目でいやんv色っぽいわぁ……ってんなこと言うわきゃない。
えーと、なんていうか、ご、ごめん?

いやいやいや、でも考えてもみてよ。今のはそれ以外の何物でもなかったじゃん!?
今のあたし女の子の姿だけど、そうじゃなかったら凄い光景だよ!?衝撃映像だよ!?
っていうか、ジェームズともやってるとか、そんなに腐女子の期待に応えてどうしたいの、お前ら!


「おまっ…なんつーことを!」
「煩い、馬鹿野郎!ああああ、もう、このフォーク使えないっ!」
「いや使えよ!変に意識する方が気持ち悪いだろうが!!」
「 間 接 ち ゅ ー を 強 要 さ れ た っ !
いやぁああぁぁぁ、おまわりさぁあぁぁああぁーん!!」
「〜〜〜〜〜黙れ馬鹿っ!!
そんな顔赤くしてまで嫌がることじゃないだろ!!」
「〜〜〜〜〜煩い、言うなボケ!!」


その後、あまりの煩さにギャルソンのおじさまから店外退出を勧告されるまで、 あたしの照れ隠しの攻防は続いた。
後日、「はい、あーんv」の瞬間の写真がどこぞから流出し、またひと騒動起こったのだが、 それを差し引いても案外実りのある休日だったなぁ、なんて思わなくもなかったり?

ちょっとは、仲良くなったって思っても、良いよね?







「あ、シリウス」
「?ああ、リーマスか。なにか用……」
とラブラブデート。――愉しそうで良かったね?」
「っっっ!!」







―作者のつぶやき♪―

この作品はキリバン17000hitを見事に踏み抜いた星野 瑠璃さまに捧げます。
はい。という訳でお送り致しました、ハリポタ夢ばーじょんつーいかがでしたか?
最初に書いた方が思ったより甘くならなかったので、選択夢でもうひとつ書いてしまいました(笑)
現時点でアップされている本編より大分関係は改善している模様です。
想像ではもう少し甘かったような気がするんですが、あれ?
ご期待に添えているかは甚だ疑問ですが、これが管理人の精一杯でした!
ちなみに、今後シリウスがどうなったかはチョコ厨の彼しか知りません。

以上、17000hit記念夢『Phantom Magician〜デートの心得2〜』でした!
星野 瑠璃さまのみお持ち帰り可です。
いつも応援・感想ありがとうございます!これからも亀の歩みのサイトですが、どうぞお楽しみ下さいw
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