「いや、まだ喉が渇いてるワケでもねぇし、ゾンコ案内してやるよ」 「そう?まぁ、あたしもどっちでも良いんだけどさ」 シリウスをカフェに誘ってはみたものの、客の入り具合からか奴は難色を示し、スタスタと店の前を素通りする。 あーあ、窓際の子が食べてるチーズケーキ、気になったんだけどなぁ。 まぁ、でも無理矢理付き合わせている手前、流石にわがままも言えず、あたしも足を止めず進んだ。 不機嫌そうなシリウスの横顔を見上げ、本日何度目になるか分からない溜め息を零す。 いや、溜め息吐きたいのはシリウスの方だってのは百も承知なんだけど。 でもさぁ、ここまで微妙な表情しなくたって良いと思うんだよね。 一応、普段自分にかかっている魔法はスティアに解いてもらったので、ちゃんと女には見えているはずだ。 それに、普段お洒落ガールとデートしてるシリウスに恥をかかせるのもなんなので、 リリーにもちゃんとメイクからなにから格好確認してもらったし。 外見は問題ないだろう。 シリウスももうここまで来たら開き直って健全ラブラブデートを……って無理だな。 はぁ、と自分で自分の思考のありえなさに嘆息した。 向こうはこっちを男だと思っているのだ。 幾ら外見が女だろうと、男相手にデート、というそれ自体に拒否反応を示すだろう。 (その証拠に、目すらまともに合わせてこない) おまけに相手は、最近打ち解けてきたとは言っても、嫌いな奴。 脅されてでもなければ来るはずがないのだ。 明らかに人選ミスだったということを見せつけられ、若干以上へこむ。 ジェームズだったら、まだ楽しく回れたのに、なんであたしは相手にシリウスを指定してしまったのか。 ああ、うん。基本その場のノリだったんだけど。 なんか、「デート」って言葉に、シリウス連想しちゃったんだよなぁ。 モテ男であっちこっちの女の子ひっかけてるって話よく聞くせいだな、きっと。 「…………」 こうして歩いていても、あっちこっちの女の子から熱い眼差しを注がれているのが分かるくらいだ。 ただ、幸いなのは、こうしてシリウスが見知らぬ女を連れ歩いても、皆関心を向けこそすれ、 本気のやっかみやら嫉妬やらをそこまでしてこない、という点だろう。 「……慣れちゃってるんだろうなぁ」 「あ?なんだ、今度は」 「なんでもないよ」 「はぁ?」 ちろっと、シリウスは睨むような視線を寄越したが、あたしが反応しないことに舌打ちをして目線を前に戻す。 万事が万事この調子で、シリウスがあたしに入れ込んでいないのは明々白々。 すぐに愛想を尽かされる、と皆が思っているのだ。 そもそも、尽かされる愛想もない、というのに。 「…………」 あ、なんか自分で考えてまた落ち込んだ。 思えば、最初から色々と対応を間違えてしまったのが、ここまで不仲になってしまった原因だ。 全部あたしが悪いワケではないが、それでも他にもっとやりようがあったような気もする。 未来では、もうちょい良好な関係だったのだから。 もう一度、隣を歩くシリウスを見る。 レギュラス相手にも思ったが、本当に美形だ。 未来でも若干長かったが、今はそれ以上の長さの髪を無造作にひとつくくりにしているのがこの上なく似合っていた。 険しい眼差しで眉を寄せてしまっているのが、残念に思う。 悪い男では、ないのだ。 暑苦しい正義感の持ち主だし、友達思いだし。 ただ、あたしとは考え方がちょっと合わないという、それだけで。 「シリウスたちはゾンコ、好きだよねぇ」 「あ?そりゃそうだろ。あそこは面白いものがたくさんあるんだ。お前にはわからないかもしれないがな」 「悪戯はあたしだって嫌いじゃないよ。楽しいと思う」 ただ、誰かを傷つけたら、それは悪戯を飛び越していじめになると、そう思うのだ。 悪戯仕掛け人の行動は、楽しいばかりではない。 特にセブルスや、スリザリン生に対するそれは、ただの攻撃にしか思えない時が多々ある。 そこがリリーの気に入らないところだし、あたしが嫌なところなのだ。 「楽しくないと、悪戯じゃないよ」 「?楽しいに決まってるだろ」 あたしの言いたいことがまるでわからないらしく、怪訝そうに目を細めるシリウスに、 しかし、あたしはこれ以上言葉を重ねることをしなかった。 こんな無理矢理で、盛り上がりもなにもあったものではないが、これは折角の「デート」なのだ。 ここであたしの意見を押し付けて、それを台無しにするのは気が引けた。 「……えーと、なんだっけ。確か、お風呂のお湯を花びらにしちゃうようなファンシーな悪戯もあるんだっけ?」 「は?お前、そんな女々しいもんに興味あるのかよ?」 「あのさ、勘違いしてるようだから言っとくけど、あたし平和主義なんだよ? ハナ食いつきティーカップだとか噛みつきフリスビーだとか、人に怪我させるようなもの嫌いなの」 「はああぁああぁ?」 あたしが至極当然のことを言い放つと、シリウスは信じられないものを見るような凄まじい目をこっちに向けてきた。 あ、うん。まぁ、ピーブズとかピーブズとかピーブズとか、おまけにシリウスとかにも魔法ぶっ放してるけど。 平穏を心の底から愛しているよ? 嘘じゃないって、本当に。ちょっと、自己防衛中はハイになってやりすぎちゃうってだけで。 「お前、よくそんなことが言えるな!?」 「煩いな。怒鳴らないでよね、聞こえるよ」 「怪我させるのが嫌な奴がなんであんな決闘まがいのことバンバンできるんだよっ!?」 「必要にかられてに決まってんでしょ。そんなの」 「嘘つけぇええぇ!!」 「だから、煩ぇえぇぇっ!」 突然始まった怒鳴りあいに、周囲の人たちがぎょっとしたような表情でこっちを見て来るが、 シリウスはそんなこと全く構わないらしく、ぎゃんぎゃんと吠え続ける。 「煩いのはどっちだ!良いか!?この際だからはっきり言っておくけどなぁ――!」 が、そっちが構わなくても、あたしは構う。 なんでわざわざこんな悪目立ちをしなきゃいけないんだ! さっきまで腕組んでたカップルがこんな殺気立って怒鳴りあってたらどう考えたっておかしいだろ! あたしだってガン見するっつの! 幸い、普段の姿ではないのでホグワーツで噂になるのはシリウス一人だけど。 でも、リリーとかリーマスとか、事情を知ってる人間が聞いたら一発でばれるし、 それに、女のあたしを知ってる人が皆無ってワケでもないし! どうすんだよ、こんな風に怒鳴りあってるのをレギュラスとかに見られちゃったら!! 恥ずかしすぎるだろ、これ!? 徐々に、頬に熱が集まってくるのを感じながら、 そろそろ、火がついてしまったらしいシリウスの消火をしなければと思う。 がしかし、 「あれは……?ミス……?」 あたしは、シリウスの背後、視界の奥の方で輝くシルバーブロンドに、ざっと血の気を失った。 「な、な、な、な……」 なんでお前ここにいるんだよぉおおおぉおぉぉおぉ!!? きらきらと、昼の日差しを弾く、その神々しい髪の持ち主は、その長いストライドを生かし、 みるみる内にこちらに近づいてきていた。 あたしの記憶の中に、あんな将来やばそうな髪っつーか頭の持ち主は二人しかしない。 そして、片方は生まれてすらいないのだから、脳裏に浮かぶのはただ一人――ルシウス=マルフォイだけだった。 遠くてまだ顔は分からないが、ここで別人だとかいうご都合主義な展開にならないことは身に染みて知っている。 こういう嫌な予感だけはよく当たるのだ。忌々しいことに! と、怒鳴る対象であるあたしが、いきなり一点を見つめたまま固まってしまったので、 流石にシリウスも怒鳴るのを止める。 がしかし、今更それは遅すぎる。 あたしは顔面蒼白にして、どうしようどうしようと無駄におろおろするばかりだった。 マルフォイ父――略してマルチはあたしにとってもはやトラウマだ。 こっちを見る目つきの不気味さと卑猥なことといったらない。 こんなところで逢ったなら、まず間違いなくそこらの店でお茶をさせられてあの視線の餌食である。 お互い探り合いに近いやり取りをするため、精神的な疲労も半端じゃない。 が、ここで逃げようものなら、後が怖い。 二度と逢わなければ良いんだけど、それでも怖い。とにかく嫌だ。 ああああぁぁあぁ、マジ逢いたくねぇえぇぇえぇ!! 内心頭を抱えて悶えるあたし。 「……ふん」 と、そんな風に全神経がマルチに向かっていたせいだろう。 あたしは次の瞬間自分を襲った事態に、指一本として動かすことができなかった。 「馬鹿か……」 ぐいっ 「!?」 感じたのは、路地の暗さと掴まれた腕の痛み、そして、唇近くの生暖かさ。 「シリ……ッ」 「少し黙ってろ」 「!!?」 気づけばあたしはシリウスに抱き寄せられてキスをされていた。 もちろん、口に、ではない。 ではないが、しかし、かなり際どい位置にシリウスの吐息を感じ、頭の中はショートした。 視界いっぱいに、シリウスのドアップ。 耳に聞こえるのは、ちゅっちゅという軽いリップ音。 …………。 ……………………。 ………………………………………………………………。 タダイマ画像ガ乱レテイマス モウシバラクオ待チ下サイ 色々と、ついていかない。 が、引いたはずの血の気が一気に顔面に集中したことだけは、頭の片隅で理解した。 と、完全に硬直しているあたしに気づいているだろうに、 シリウスは人を壁に押し付けてなおもその行為を続けていた。 ずりずりと、心なしか少しずつ暗がりに連れ込まれているような気さえする。 「っ!!!!!」 経緯は不明だが本格的に危険を感じ、暴れようとしたその瞬間。 「……お取込み中すまないがね」 「!」 「そちらの女性に、火急の用件があるのだが」 ねっとりと耳に残る、貴族然とした声がした。 反射的に、シリウスを突き飛ばそうとした手が、彼の服にすがる。 すると、それに応えるように、後頭部を支えていた手が動き、 あたしの頭はシリウスの逞しい胸板にきつく押し付けられた。 さらに、一瞬の内に、マルチから隠すように頭をすっぽりと抱え込まれる。 ……ちょっと勢い良すぎて鼻ぶつけたり息苦しかったりするけど、そこは我慢だ。 「……いきなり野暮なこと言うんじゃねぇよ、マルフォイ」 「おや?そういう君は……ブラック家のご長男か。こんなところで逢うとは奇遇だな」 「奇遇だろうとなんだろうと良いんだがな。こっちは取り込み中だ」 間近で感じるシリウスの体温と香りに頭がクラクラしてくる。 がしかし、頭上から聞こえてくる会話にあたしはどうにか意識を留めた。 なにがなんだか分からなかったが、どうやら、マルチから庇ってくれている……らしい。 ええと、さっきの行動も、偽装工作……か? まぁ、マルチの性格上、よっぽどでなければ「取り込み中」の人間の邪魔はしないだろう。 「ふむ。私としても、愛の語らいを邪魔する気など毛頭ないのだがね……」 残念ながら、マルチにとってあたしは「よっぽど」の対象なのだった。 「そちらの淑女が、私の特別な女性に見えたのでね。 奔放なので見かけた時に掴まえなければどこに行ってしまうことやら」 「人違いだろ。こいつはあんたの身分に釣り合うような奴じゃねぇよ」 「そうかね?だが、あまりに似ている……」 「っ!」 視線を感じて、びくり、と体が震える。 視界が覆われている分、なんだかいろいろな感覚が鋭くなっているらしい。 今マルチが浮かべている表情が想像できてしまい、背筋に冷や水を浴びたような怖気が走った。 と、その瞬間。 「見るな、っつってんのが分かんねぇのか?」 「「!」」 地を這うような、低い低い呟きが耳を刺した。 声量でいえば、普段、さんざんあたしに対してする怒鳴り声の方が数段上だ。 けれど、その押し殺し損ねて零れたようなそれの方が、よほど危険な空気を伴っていた。 「……ふっ」 と、マルチもそのことに気づいたのだろう、くつくつと愉快そうに喉を鳴らし、 「邪魔者は退散することにしよう」とあくまでも優雅な呟きを残してその場から去って行った。 「……行ったか」 「〜〜〜〜〜〜〜ぶはっ!」 しばらくの間緩まなかったシリウスの腕。 がしかし、その一言と共になくなった圧迫に、あたしは一気に息を吸い込み、そして、 「げっほ、げほごほっ!かはっ!!」 むせた。 「……ったく、煩い奴だな」 「うる……さっ!げほげほげほっ!」 半分以上呼吸できなかったんだから仕方がないだろう。 なに言ってんだ、この馬鹿犬っ!! あまりの苦しさに涙目で睨みつけると、心の底から馬鹿にしたような表情と瞳がそれに応じた。 「助けてやったんだ。礼の一つもないのか?」 「げっほ……!れ、礼……?」 「どういう関係だかは知らないが、マルフォイの御曹司と顔を合わせたくなかったんだろ? だから、わざわざ一芝居打って追っ払ってやったっていうのに、睨むんじゃねぇよ」 「…………」 「なんだよ?」 「……もっと他に方法があった気もするけど!」 じっとり、と恨みがましい瞳を向ける。 嫌いな相手でも助けようとしてくれた心意気はありがたいし、認めもする。 がしかし。 わざわざあんな方法にする必要性はなかった気がするんだけどなぁっ!? わざわざ、き、き、き、キスするなんて……っ!! 「……はぁ。あれが一番手っ取り早いんだよ。 でなきゃ、俺が幾ら女の姿になってても、男にあんなことするか」 かったるそうに、なんでもないことのように言うシリウス。 がしかし、あたしが真っ赤な表情で未だに抗議の視線を送っていることに気づいたのだろう、 シリウスは急に唇の端を持ち上げて、さっきのように顔を寄せてきた。 その距離に、声に、体が跳ねる。 「っ!」 「それとも、口にされたかったのか?」 掠れているようで、どこか湿った声。 それを耳元で囁かれた瞬間、あたしの中でなにかが弾けた。 「〜〜〜〜〜んの、エロテロリストがぁあぁあぁあああー!!」 ばきっ! 「ぎゃっ!?」 その後、数日間イケメンの目の周りには、毒々しい紫色の痣があったことをここに明記しておく。 ―作者のつぶやき♪― この作品はキリバン17000hitを見事に踏み抜いた星野 瑠璃さまに捧げます。 はい。という訳でお送り致しました、ハリポタ夢いかがでしたか? リクエストは『連載ヒロインでシリウス甘』という難題でした。 そのリクエストを頂いた瞬間、連載ヒロインでシリウス!?しかも甘!?と驚愕したのを覚えております。 ウチのヒロインさん、リーマスを相手にする時以外、基本ギャグの人なので。 リクエストには……沿えましたかね!? 書いてる内に「甘ってなんだ!?」と大混乱して選択夢にしちゃったんですが。 こんな感じになりましたが、お気に召して頂ければ幸いです。 以上、17000hit記念夢『Phantom Magician〜デートの心得その1〜』でした! 星野 瑠璃さまのみお持ち帰り可です。 よろしければブラウザバックでもう一つのバージョンもお楽しみ下さい。
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