アレは幻だったのか。 それとも現実だったのか。 今もソレは分からないまま、時間は流れる……。 Your friend ある日の夕方、あたしはキョロキョロと地面を見渡していた。 一ヶ月半位前、親友に渡すハズのプレゼントをこの辺りに落としてしまったからだ。 自分の不運を呪いつつ、毎日のように捜しているが全く見つからない。 まァ、捜す時間がこんな風に暗くなり始めてからっていうのが一番の原因なんだろうけどさ。ソレにしたって……。 「見つからないーっ!何でー!?」 そして、思わず握り拳を作って喚いていたその時、そんなあたしに果敢にも話し掛けてくる男がいた。 「ねェ、何してんの?」 最初に眼に入ったのは、印象深い西日に染め上げられたかのような真紅の髪と瞳。 見かけたコトのない顔だと、そう思った。 「……何、あたしに言ってんの?」 「他に誰もいねェだろ?なァ、何してるワケ??探し物?」 馴れ馴れしい男。 華やかな雰囲気とその軽い口調から、色々な意味であたしとは別世界の住人だと判断した。 「ナンパなら他所でしろ」 機嫌が悪かったのも手伝って、あたしは剣呑なオーラを漂わせてその男を睨みつけた。 がしかし、あからさまに警戒している様子に気付いた彼は苦笑して話し掛けてくる。 「ナンパなんてしてねェって。ただ、可愛い子が困ってるのは放っとけないだけv」 滑らかに恥ずかしいセリフを臆面もなく言う彼に、あたしは一瞬噴き出した。 茶目っ気たっぷりのその瞳が可愛かったからかもしれない。 まぁ、その笑いの半分以上が、その時代錯誤なセリフのせいなんだけど。 すると、その様子になんとも複雑そうな表情になる彼。 「って、オジョーサン。此処は笑うトコと違くない?」 「あはは。だって今時ウインクはないでしょ」 「イイ男は何したってサマになるから良いんだよ」 確かに違和感はなかった。でも、 「自分で『イイ男』なんて言うってコトは、アンタ、ナルシスト?」 至極真面目な表情でそう言うと、彼は一瞬キョトンとしたが、すぐに愉しげな様子で笑い始めた。 「ハハッ。アンタ面白いな」 「アンタは変」 それから少しして、気が付けばあたし達はよく分からないながらも、二人で笑っていた。 軽やかに。高らかに。 お互いが、笑っている相手につられた気がする。 そして、ようやく笑いを収めたその男は、人懐っこい笑顔を浮かべてあたしに手を差し出した。 「オレは沙 悟浄ってーの。オジョーサンのお名前は?」 この時、どう考えても怪しいとしか思えない悟浄の手をどうして掴んだのか分からない。 さっきまで様子を見て逃げようとすら思っていたのに……。 「。 だよ」 この時のあたしは、もう少し悟浄と話したくなってしまっていた。 きっとソレは久しぶりの誰かとの対話に対する憧れ。 結局、あたしは捜すのを手伝ってくれるという悟浄の言葉に甘えて、色々なコトを話しながら近くを捜索した。 見ず知らずの女とそんなコトをしてる悟浄のコトをお人好しだと思いながら。 しかし、残念ながら捜し物は辺りが充分暗くなっているにも関わらず、見つからない。 「……やっぱりないか。どうしよ、今日中に見つけなきゃいけないんだけどな」 「今日中?何でだよ??」 「明日、この街とサヨナラだから」 溜め息混じりにあたしはそう答えた。 プレゼントを渡せないままお別れかと思うと、かなりヘコんでくる。 こんなところ、急いでたからって通るんじゃなかった。 すると、少し落ち込んだ様子のあたしの頭をクシャクシャと慰めるように悟浄が撫でた。 「引越しでもすんのか?」 「うん……」 「じゃあ、オレが今日中に見つけてやっから。泣くなよ?」 「……泣いてないし」 何となく子ども扱いされた気がするけど、不思議と嫌じゃなかった。それどころか……、 「チャンに誕生日プレゼント、渡そうな」 大きな手に安心したかもしれない。 だって、久しぶりの温かさだったんだ。 「うん」 ちなみに、話していて分かったコトだけど、悟浄の親友の八戒はあたしがプレゼントを渡そうとしている相手――の彼氏だった。 其処で、ようやく本格的にあたしの警戒心が薄れたのは言うまでもない。 うーん。世界って狭い。 そして、二人でまた手分けして捜し始めた。 何だか、良い予感がする。 だって、焦ってた昨日までとは全然手応えが違った。 ソレはきっと、一緒に捜してくれる人がいるから。 あたしはこっそり、心の中で紅髪のナンパ男に礼を言った。 「あったァー!」 すると、あと少しで時計の短針が11に届こうとしたその時、嬉しげな悟浄の声が其処に響いた。 あたしと悟浄は二人並んである家の前に立っていた。 そう。の家の前。 本音を言うと、直接会ってプレゼントを渡したかったけど、あたしはポストの中にメモと一緒にソレを放り込んだ。 だって、ただプレゼント入れただけじゃ誰からかとかも分かんないだろうし。 お別れもロクに言ってなかったし。 「最後なんだろ?逢って話せば??」 「は寝るの早いし、それに……」 「それに?」 「あたしに逢ったら、泣くかもしれないし」 あたしはそう言いながら、苦笑いを浮かべていた。 あの可愛らしい親友には笑っていて欲しい。 自分と逢ったコトで泣き顔にしたくなかった。 そして、あたし達は彼女の家から離れながら、談笑を始めた。 悟浄が送っていくと言ってきかなかったのが、嬉しかった。 やっぱり見た目と口調程軽い男じゃないみたいだ。 「本っ当に、逢わなくて良いのか?」 「くどい!」 「……まァ、どうしてもって言うなら良いけど。チャン泣かしたら八戒の奴が煩いだろうしな」 頑固に言い張るあたしに少し困った様子をしていたが、最後には悟浄もそう言って納得してくれた。 「あ、八戒さんと言えばさ」 「あ?」 「悟浄って本当に八戒さんの親友?」 あたしがそう問い掛けると、悟浄はかなり複雑そうな妙な表情になった。 ひょっとして触れちゃいけないコトだった……? いままでとうって変わったその態度に、戸惑いを禁じえない。 「……悟浄?」 少し困惑したようにあたしが呼びかけると、悟浄はそのままの表情で口を開いた。 「親友には違いないと思うんだけどな……」 「?」 「時々、お袋みたいな感じ?」 「あはは!何ソレ!!」 お母さんか……。 うん。一回だけ逢っただけだけどそんな感じ。ピッタリかも。 楽しそうに笑っていると、悟浄もつられて笑いだした。 一日でこんなに笑ったのは久しぶりかもしれない……。 「だってよー。食事は自分で作って食べろだとか小言ばっかだゼ?」 「仲良いんだー」 「……勘弁してくれっつーの。ま、最近は逢ってねェけどな」 「え?何で??」 キョトンと不思議そうにあたしが首を傾げると、悟浄は少し眼を見開いて驚いた。 でも、すぐに読めない笑顔になって「何でもv」と言った。 その表情に、あたしは答えが貰えないコトに気付いて、疑問符を飛ばしながら歩く。 隣りで話す悟浄は、何だか不思議な存在だった。 そして、しばらく歩いてあたし達二人はあたしの家の近所までやってきた。 「悟浄、此処までで良いよ」 「あ?玄関まで送ってくけど」 「家が貧相だから嫌だ」 きっぱりはっきりとそう言って主張すると悟浄は少し食い下がってきたけど、あたしは頑として譲らなかった。 「今日はありがと。何かお礼したいけど……」 「あ、じゃあさ。携帯番号教えてくれねェ?お礼の代わりにv」 「ソレは無理。携帯この前壊れたから」 「壊したんじゃなくて?」 「コンクリの上に落ちて壊れたんだよ」 「……んじゃ、引越し先の住所とか?」 「まだ知らないしなァー……」 「知らねェのかよ!?」 「うっさい。でも、まァ、その内できれば教える!」 「どうやってだよ」 「だから、できればって言ってるじゃん」 少し頬を膨らませてそう言うと、悟浄は苦笑しながらペンを取り出した。 さっきあたしが借りた青いペン。 一体何だろうと訝しげにソレを見ていると、突然手を取られた。そして、 「あーっ!」 「コレで良し♪」 「人の身体に何書いてんの!?」 「オレのメアドと番号?」 ご機嫌でペンをしまう悟浄に、あたしは「やられた!」と心底思った。 「携帯買ったら電話かメールくれよ」 悟浄はそう言ってあたしに殴られる前に、逃げるみたいに背中を向けた。 少し追いかけて言って文句を言おうかとも思ったけど、こんな時間まで付き合ってくれたのにソレは薄情な気がしたので止めた。 まだ逢って半日も経っていないのに、こんな風に慣れ親しんだコトが可笑しくて、あたしは笑い含みに口を開く。 「悟浄!」 この時のあたしの表情は多分、 「じゃあね!」 最高の泣き笑い……。 この街にいられる最後の日に出逢えて良かった。 でも。 ―――この街にいられる最後の日にどうして出逢わなければいけなかったんだろう……。 出逢いは偶然、別れも偶然。 出逢いは必然、別れも必然……。 だってあたしは、もう―――…… と出逢ってから約二週間後。 オレは彼女と、ではなく一人で喫茶店なんてモノにいる。 本来なら彼女を誘ってデートでも何でもしたかったが、生憎、音沙汰なし。 待つ、という行為を初めて経験した。 暇さえあれば携帯を掴んでメールと電話を待ってるオレを見たら、知り合いは確実にオレを精神病院に担ぎ込むだろう。 メールは自分で送るモノ。 電話は勝手に鳴らすモノ。 そんな認識だったオレが此処まで変わるんだから、チャンパワーは偉大だ。 思い出すのは、別れ際の笑った彼女。 何だか酷く寂しそうで泣きそうで。抱き締めたい衝動を抑えるのに苦労した。 オレがそんな風にのコトを考えていると、不意に後ろから声を掛けられた。 「お久しぶりです。悟浄」 そう言って向かいの席に腰を下ろしたのは八戒だった。 此処二ヶ月位逢っていなかったが、全く変わっていないその様子に内心安堵する。 もちろん、目の前の男にそんな素直なコトを言う気はないが。 「よォ。お姫様は元気になったか?」 「ええ。しばらくは見ているコッチが辛くなる位でしたけど、大分立ち直ってくれましたよ」 話題の『お姫様』っつーのは例のチャンのコト。 何だか色々とあって酷く落ち込んでいたらしく、八戒はそんな彼女につきっきりだったらしい。 は知らないようだったので言わなかったが、もしかしたらそのチャンが隠していたのかもしれない。 確かに何回か逢ったコトがあるが、引越す相手に心配を掛けたくない、位のコトは言いそうな娘だった。 「でも、お前。二ヶ月も落ち込むって何があったんだよ?」 ふと気になってそう言うと、八戒は苦笑いを浮かべた。 「いえ、実はそれ程、深く長く沈んでいたワケじゃないんですけど、心配だったモノですから……」 「ずっと付いてたって?」 「ええ。突然、黙り込んでしまったりしても彼女、頼るアテありませんから」 「お前、過保護だしな。で?」 揶揄いも露わにそう言ったオレは、短い一言でその原因とやらを尋ねた。 がしかし、次の八戒の一言にオレは我が耳を疑うハメに陥る。 「彼女の友達で さんという方が事故で亡くなったんです。ソレで……」 ……―――ダレ、だって? 「じ……こ…………?」 「ええ。脇見運転にはねられたそうなんです。その日は丁度の誕生日で……」 オイオイ、お前何言ってんだよ? 二週間前にオレ逢ったんだゼ? すっげェ可愛い子で、一緒に捜し物して……。 「二人はとても仲が良かったモノですから……」 悪い冗談止めてくれよ。 認めたくない。 認められるワケがない。 そして、オレが吐き気にも似た想いを抱いていたその時、突然オレの携帯がメロディーを奏でた。 送られてきたのは送り主のアドレスが表示されない不可思議なメール。 だが、オレにはその相手が分かってしまった。 「……悟浄?どうかしましたか??」 「…………」 律儀に送ってくんなよ、馬鹿―――……。 その後、オレは携帯を買い換えてメールのアドレスも変えてしまった。 全ては、以外が其処に何か送ってくるコトのないようにという願いの為に……。
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